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叡知の言葉102

生徒に対しても、自愛の甘さが抜けきらないと、真実には愛せません。
人間の甘さが抜けない間の愛は、事に逢えばたちまち憎悪に転ずる、相対的な愛にしか
すぎません。
相手の態度の如何に関わらず愛しつくして変わらぬという愛は、教師自身の甘さがなくなった
境涯からでないと、到底出てきません。

『「南洲翁遺訓」講録』

これは「南洲翁遺訓」第二十六ケ条について講義した一節です。
この条の冒頭で西郷は、「己(おの)れを愛することは善(よ)からぬことの第一也」と述べています。

そして、修行ができないとか、仕事が成功しないとか、ちょっとした事で慢心してしまうのは、
すべて自分を可愛いと思う気持ちのためだ、という意味の言葉を続けています。

西郷が言いたいのは、エゴイズムの否定です。
森はそれを、「自愛の甘さ」と表現して解説しています。
今回引用したのはその一部です。
森は教育論として論じていますが、これは人間関係全般に当てはまることでしょう。

自己への甘さ(自愛)が抜けないと生徒を真実には愛せないというのは、人はともすれば自分の愛に見返りを
求めるからです。

そして、自分の愛に対して、相手が思った通りに応えてくれないと、愛はたちまち憎しみに転じます。
夫婦や恋人の破局も、親友同士が仲違いするのも、このためです。

ですから、本当に人を愛するには、見返りを求める心をなくさねばなりません。
相手の態度がどうであれ、自分の気持ちは変わらない。これが真実の愛です。

森の説く愛は、ほとんど宗教的な色彩を帯びています。
もちろん、これだけの深い気持ちで生徒に接することができる教師が、どれだけ存在するかという問題は
あります。

しかし私たちは、少なくとも、真実の愛がいかなるものかを知っておく必要があるのではないでしょうか。
自分の気持ちを全然分かってくれないと嘆く前に、森のこの言葉をかみしめてほしいと思います。

作家 宮下隆二