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叡知の言葉110

真に「師」に学ぶということは、単に師の書かれたり言われたりしたコトバをオーム返しに
口まねすることではなくて、そうした態度の底を踏み抜いて、
「自分を育てるものは結局自分以外にはないのだ」という態度を確立することである。

『幻の講話』

師弟関係についての講話の一部ですが、ここには、「学び」についての濃縮したエッセンスがあります。

教えることは知識の伝達であり、学ぶことは、単にそれを受け取るだけのことだと考えている人もいるかも
しれません。実際に、学校教育の現場や入試はそうなっています。

しかし、人類社会がここまで発展してきたのは、先人の知識や技術を単に模倣するのではなく、
新たな創意工夫を加えて次の世代に伝えてきたからです。
そうでなければ、私たちはいまだに原始時代と同様の生活をしていたでしょう。

「出藍の誉(ほま)れ」という古い諺(ことわざ)があります。弟子が師を超えることを讃える意味です。
そうでなければ、社会が停滞してしまいます。

学びというのは、入門の段階では知識や技術の習得です。
ですから、師の教えに忠実に従わねばなりません。いわば、模倣の時期です。

しかし、その時期を過ぎると、自らの創意工夫が重要になってきます。
それを、師を超えると表現せず、「(模倣の)態度の底を踏み抜く」と言っているのが森らしい所です。
師への尊敬は保ちつつ、自らの道を切り拓くという精神態度です。

師の教えに自分自身の独創を加える行為は、一歩間違えば師に逆らうことになります。
それを敢えてするには、「自分を育てるものは結局自分以外にないのだ」という決意が必要です。

思うに、真の意味での継承者とは、単なる模倣者ではありません。
師の教えに自らの解釈や独創を加え、発展させていく存在をいうのです。
そしてそれが、学びの本質だと言っていいでしょう。

作家 宮下隆二