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叡知の言葉111

自分というものが「生かされている存在」だということを、どれほど実感としてつかんでいるか
どうか。ここが宗教の最初であるとともに、また最後といってもよい。

『真理は現実のただ中にあり』

仏教やキリスト教などの伝統宗教は、重厚できらびやかな教義を持っています。
その教義の難解さが宗教の価値である、と考えている人もいるかもしれません。

それに対して、森の宗教論はシンプルです。宗教の本質とは、自分が「生かされている存在」だと知ること。
たったこれだけです。

しかし、一見単純極まりないからといって、軽く見てはいけません。
この言葉を真の意味で理解するには、深い人生体験が必要ではないかと思います。

もっと言えば、森自身が、何度も大きな失意と挫折を味わいながら、刻苦勉励を続けてきました。
その人生体験があってこその言葉だと思います。

人間は順境にある時には感謝を忘れがちです。
人は独りでは生きていけないことは頭では分かっていながら、自分だけで成功したように思いがちです。

ところが、いったん逆境に陥るとすべては暗転します。
いままで当たり前に存在していた日常世界が、音を立てて崩れていきます。
そうして初めて、これまでの自分がいかに恵まれていたかに気付くのです。

生死の境を踏み越えて生還した時、心からの感謝が生まれます。
輝くような感動の中で、自分は独りで生きているのではない、もっと大きな存在によって生かされているのだと
悟ります。

それが宗教の最初であり、最後であると森は言います。いや、宗教に限らないでしょう。
真に人生に目覚める最初であり、最後であるのです。

作家 宮下隆二