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叡知の言葉112

教育再建の出発点としての新たなる児童愛は、換言すれば、いかに小さな子供たちでも、
その人間的本質は大人と比べていささかも変わることなき人間としての尊厳性を有している
ことへの、徹底的認識にある。

『新しき時代の教師のために』

この本が出版されたのは、昭和23年。森が52歳の時です。
ところが、現在の感覚で読んでも、内容がまったく古くなっていないのには驚くばかりです。

古い時代には、教育とは子どもの持つ獣性を矯正することであり、そのためには体罰などの暴力を用いること
も許容される、と考えられてきました。

例えば、「トム・ソーヤーの冒険」という有名な児童文学には、
イタズラっ子のトムが厳格な学校の先生に鞭で打たれる場面がたびたび出てきます。
当時の上流の家庭では、しつけのために鞭を使うのは当たり前だったようです。

日本でも戦前くらいまでは、体罰が容認されていたように思います。
戦後になり、体罰否定論が優勢になっていきますが、それでも体育会系などを中心に体罰は根強く残って
います。

記憶に新しい所では、大阪の高校のバスケットボール部で、顧問の教諭の体罰に耐えかねた生徒が自ら命を
絶った事件がありました。
熱心な先生だったようですが、「体罰によって生徒が良くなっているのを実感する」という確信犯でした。

確かに体罰を用いると、生徒は教師の指示に忠実に従うようになります。
しかしそれは恐怖心から服従しているだけです。いわば軍隊と同じです。

結局、上からの指示がなければ動けないロボットのような人間が出来てしまうだけです。
それは本当の教育とは違うのではないでしょうか。

戦後の教育は、戦前の軍国主義的教育への反省から始まりました。
とくに森には、自身が加担したという自責の念がありました。
冒頭の文章にはそれが表れています。

しかしこの文章が現在でも通用するということは、それから半世紀以上経った今でも、日本の教育が進歩して
いないように思えて、いささか残念です。

作家 宮下隆二