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叡知の言葉115

哲学という学問は、元来教えることのできない学問である。
もしこれを教え得るかに考えるとしたら、それはいわゆる「哲学の教師」であって、
真の「哲学者」ではない。

『学問論ノート』

哲学という言葉自体は、「人生哲学」とか「経営哲学」のように、ひんぱんに使われています。
しかし、学問としての哲学の評価は、必ずしも高いとは言えないようです。

それは、大学の文学部哲学科の人気や偏差値を見ても分かると思います。
現代のビジネス社会では、大学で哲学を学んだことは、残念ながらプラスにならないようです。

その理由は、大学での哲学の講義が、過去の学説の紹介や解釈に終始して、生身の人間の生活や社会の
ダイナミズムと全く関係のない、机上の学問になっているからです。

私たちはここで、哲学の淵源である古代ギリシャに思いを致すべきでしょう。
例えばソクラテスは、「無知の知」を唱え、人間における善と徳を追求しましたが、
最後は無実の罪で死刑判決を受け、亡命を拒否して毒杯を仰ぎます。

ソクラテスの説いた哲学は、彼の人生そのものと、密接に関わっていました。
いや、むしろその生きざまでもって、自らの哲学を証明したといっていいでしょう。

森の場合も同じです。彼の哲学と、その生涯の活動とは、やはり切り離すことはできません。
このように考えてみると、冒頭の森の言葉の真意もお分かりと思います。

真の哲学とは、他人から教えられるものではなく、自分自身の人生をかけてつかみ取り、証明していくものな
のです。

そういう生き方をする人のことを哲学者と呼ぶのであり、単に知識を切り売りするだけの人は、「哲学の教師」
に過ぎないということです。

作家 宮下隆二