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叡知の言葉117

礼というものは、ちょうど伏さっている器を、仰向けに直すようなものです。
器が伏さったままですと、幾ら上から水を注いでも、少しも内に溜まらない。
ところがいったん器が仰向きにされると、注いだだけの水は、一滴も余さず全部がそこに溜まるのです。

『修身教授録』

日本人は伝統的に、礼を重視してきました。
戦国時代に日本を訪れた西洋の宣教師たちも、日本人の礼儀正しさを伝えています。

しかし近年では、煩雑で形式的な礼儀への反発などもあり、時代は変わりつつあるようです。
そんな中で森のこの言葉は、礼の本質について考えるきっかけになると思います。

礼というと一般的には、挨拶、服装、席次などの礼儀作法のイメージがあります。
もちろん、そういった具体的な行動規範としての礼も重要です。

しかしここで森が言っているのは、ある種の心の姿勢です。
器が伏せたままというのは、聞く姿勢ができていない、耳を閉ざしているという意味です。

相手が好意から助言してくれていても、肝心の当人が内心反発し、アラ探しをしながら聞いていたのでは、
せっかくの話もさっぱり心に届きません。

逆に器を仰向きにする、つまり心を開いて素直に耳を傾けるならば、相手の話の内容がそっくり自分の中に
入ってきます。どちらがためになるかは、言うまでもないでしょう。

形式的な礼が無意味だというわけではありません。
森も別の部分では、武道や芸道の例を引いて、形(かた)の重要性を述べています。

しかしより大切なのは、形式の背後にある本質を理解した上で、それを実践することなのです。

作家 宮下隆二