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叡知の言葉120

受取った完全な知識より、自分が歩いてつかんだ不完全な知識の方がはるかに力強い。

『語録抄』

森は実践を非常に重んじた思想家でした。
思索と行動を一体のものとみなし、行動の伴わない思索には重きをおきませんでした。

「受け取った完全な知識」とは、いわば学校の授業です。
一方、自分で歩いてつかんだ知識とは、体験によって得た知識のことです。

このテーマについて考える時、私はネイティブ・アメリカンの子育ての話を思い出します。
彼らは幼児の側にわざと刃物などを置いて、あらかじめさわらせておくそうです。

一度痛い思いをすると、二度と不用意に触れようとはしません。
逆に言葉だけでいくら「危ない」と言い聞かせても、かえって興味をそそられるだけで、いつか親の目を盗んで
大けが、という事態にもなりかねません。

「刃物は危険だ」という言葉は正しくても、それが単なる知識として頭の中に留まっているのでは、
本人の行動を変えるだけの力を持たないのです。

それに対し、刃物で指を切るという体験を通じてその危険性を実感すると、容易に忘れることはありません。
これが生きた知識です。

これは社会生活にも当てはまります。
学校の授業はテストが終わればすぐに忘れてしまいますが、業務上の必要があって身に付けたことは容易に
忘れません。

それは単に本を読むだけではなく、実際に現場でどう使えるかを考えながら、真剣に学ぶからです。
とくに上司やお客様から叱られながら、必死に工夫をしたことは、頭では忘れても身体が覚えているものです。

そしてそのようにして身に付けたことは、違う現場に行ったとしても、どこかで活きてくるものです。
それが生きた知識の持つ力です。

知識が真に力を持つには、体験を通して血肉にまで沁み込む必要があるということです。

作家 宮下隆二