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叡知の言葉141

われわれ人間には、生物としての根深い「自衛本能」があって、それが一種の利己的な主張と
して働きます。その意味で人間とは永久に救われない存在ですが、もしも救いがあるとしたら、
そのような諦観をお互いに心の深い奥底で忘れぬようにすることでしょう。

『幻の講話』

人間の心の奥底には、生物としての生存本能が潜んでいます。
エサが少なければそれを奪い合い、自分の身を守るために爪や牙をむき出しにして戦うのが動物です。

人間は動物から進化して、科学技術を進歩させ文明社会を築きました。
また宗教や道徳が歴史上数え切れぬほど説かれ、正しい人間の生き方を示してきました。

しかしそれでも、世界から戦争はなくなりません。
犯罪もそうです。
一部の国で大量の食物が捨てられる一方で、世界の多くの地域では人々が飢えに苦しんでいます。

これらの社会矛盾の根底にあるのは、生物としての自己保存本能としてのエゴです。
どれだけ科学が進歩しても、人類はこのエゴを克服できませんでした。

おそらく、これからも無理でしょう。
少なくとも近い将来において、戦争や犯罪がなくなるなどとは想像もできません。
まさに、「人間とは永久に救われない存在」です。

ではそのような人間が救われるにはどうすればいいのでしょうか。
逆説的ですが、人間がそういう存在であることを自覚することです。
それを森は「諦観」と表現しています。

「諦観」という言葉は、あきらめという意味に捉えられがちですが、元々は釈迦の悟りに由来する仏教用語で、
物事の本質を見きわめる、という意味があります。

人間が本質的にエゴイスティックな存在である事実は変えようがありませんが、
それを深く自覚することは、万物の霊長などと思い上がるよりも、よほど誠実なことです。

そのような自覚を心の奥深くに持って人と人とが接するとき、そこに救いが生じるというのです。
人間の本質を深く見極めた、森らしい悟りの言葉だと思います。

作家 宮下隆二