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叡知の言葉144

人間は知の背後に必ず情意がウラづけられていなければならない。
それはいのちの内容は知情意の渾然一体だからです。

『「日曜読書会」語録抄』

知性、感情、意志という人間の持つ心の働きのことを総称して、知情意といいます。
西洋哲学では伝統的に知性を上位に置き、感情をその下位に位置付けます。

というのは、知性が究極的に神に属するのに対し、感情は人間の本能に根差すものだからです。
だから、知性によって感情をコントロールする必要があると考えたのです。

このような考えを主知主義といいます。 京大哲学科で学んだ森には当然既知だったはずですが、
あえて、「知の背後に情意のウラづけが必要」だとしたのが面白いところです。

これは要するに、知性だけでは世の中は動かない、ということでしょう。
政治や経済にしても、その背後では感情や意志の力が大きく働いています。

その理由として森は、「いのちの内容は知情意の渾然一体」だからだ、と言っています。
ここで登場する「いのち」とは、森哲学の集大成である、全一学のキーワードです。

それを一言で説明するのは難しいのですが、単なる肉体的な「生命」のことではなく、一種の「生命エネルギー」
であり、すべての生物の根源にあるものです。

人間は知性の力で科学技術を発達させ文明社会を築いてきましたが、知性の力で感情や意志をコントロール
することには、必ずしも成功していません。

それはこれらが、生物としての根源的な部分と、強く結び付いているからです。
その点を無視しては、知性といっても、薄っぺらいものになってしまうでしょう。

ある意味本当の智慧とは、感情や意志を否定するのではなく、その働きを知ることから生まれるといって
いいでしょう。今回の文章には、短いながら、森の人間観がよく表現されていると思います。

作家 宮下隆二