「包装」を通じ、あらゆる産業に貢献します。
>>トップページ  >>>NEWS  >>TOPページ
 ・新商品情報
 ・エンゼルコフィン
 ・ほかんくん
 ・宮下隆二のコラムTOP
 ・津島稜の世相を斬るTOP
 ・News VoL.1〜VoL.20
 ・News VoL.21〜VoL.40
 ・最新のNews一覧
 

叡知の言葉55

我われにしてひと度自己中心的な我執の囚われから脱したとしたら、
すべての苦悩や憂悶は、雲霧の晴れゆくように次第に消えゆくと共に、
この大宇宙は、方象のすべてが、それぞれの美に光り輝く絶大なる「生(いのち)」の
体系たることに、徐々に「開眼」せしめられてゆくことであろう。
同時にかくして初めて大宇宙生命が、我われ人間に対して特に高度の意識能力を
賦与せられた深意に添いうるのではあるまいか。

『全一的人間学』

人間の人間たるゆえんがいずこにあるのか多くの議論がありますが、
美しさが分かるというのは、少なくともその一つに数えていいでしょう。

自然界には美が溢れていますが、山や川は自らの美を認識していません。
それらは人間によって発見されて、初めて美となるのです。
森のいう「意識能力」とは、このような心の働きのことです。

しかしすべての人間が、美に対して敏感であるわけではありません。
では、この力はどのようにして磨かれるのでしょうか?

その答えは人生そのものの中にあります。動物や植物は飢渇の状態が満たされれば満足しますが、
人間は単に衣食住が満たされることでは幸福になれません。
それは人間が、生きる意味を求めて苦悩し、自らの魂を磨き上げていくよう創られているからです。

人間が自己中心的な我執の囚われから脱するというのは、
人間の本質に対する目覚めであり、「開眼」です。
そのとき、森羅万象にあまねく「光り輝く絶大なる『生(いのち)』」が認識できると森は言います。

その成果は晩年になって、「全一学」という独自の思想体系として結実しました。
その内容については、これから折々に触れていくことにします。

作家 宮下隆二