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叡知の言葉67

「いのち」と「いのちの自証」との相違について、一つの比喩によって明かすとしたら、
暗室に置かれているローソクと、それに点火した場合との相違に近いだろう。
前者は単なる木切れと何ら変わるところはないが、ひとたびそれに発火されるや、
室内を照らして止まぬのである。

『創造の形而上学』

「いのちの自証」とは、全一学の最重要用語です。
これは自らのいのちの本源を、自ら証(あか)すという意味です。

万物はすべて「いのち」の顕れであるとする考えを突き詰めて行くと、
人間もまた、大宇宙生命の一部であることになります。
しかし、人間一人はこの地球上ではケシ粒ほどの小さな存在です。
それがどうして、大宇宙生命という、いわば神の一部であるなどと信じることができるでしょうか?

確かに知的な理解だけでは限界がありますし、
瞑想のような伝統的修行法は、現代では社会生活との両立という問題があります。
そこで森のとったのが、一種の修行論としての「いのちの自証」でした。

具体的には一人ひとりが、その「心願」に基づいて、生涯かけて一道を貫いていくということです。
森の生涯をかけた教育的実践や執筆活動は、すべてこの一環でした。
この「いのちの自証」によって、大宇宙生命と人間が直接つながることが出来るというのも、
森が自らの実践によって掴んだ確信なのです。

本文に戻りましょう。前者の「いのち」は、まだ物質的生命として存在している段階です。
しかし、「いのちの自証」となると、発火した炎が周囲を照らします。

すなわち、「いのちの自証」とは、ただ一生懸命仕事をするのとは少し違うということです。
個人の利益や名誉ではなく、それを超えた大いなるもののために仕事をしようとした時、
心の中に火が灯り、それが世の中全体を照らすということなのです。

作家 宮下隆二