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第一章 わたくしという現象

その2

わたくしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です。
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
せわしくせわしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です。
(ひかりはたもち その電燈は失われ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつづけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとおりの心象スケッチです

『春と修羅 序』

この文章は、教科書などでご覧になった方も多いでしょう。
賢治の生前に刊行された唯一の詩集『春と修羅』の序文です。
第一集のみ自費出版され、第二集と第三集は編纂こそされましたが、出版には至りませんでした。

ここで賢治は、「心象スケッチ」という、極めて斬新な概念を提唱しました。
叙情や写生が詩の中心であった時代に、自らの心象風景を描こうとしたのです。
そのため、賢治の詩は当時の詩壇の理解を絶することになりました。

内容については多くの議論がありますが、
大乗仏教の存在論と科学的な世界観の融合であるのは間違いありません。
「因果」とは、原因と結果の法則のことです。
仏教ではこの連鎖によって世界が成立していると考えています。
その中で、生まれて死んでいく人間の命を、「せわしく明滅」する「ひとつの青い照明」にたとえたのです。

たとえ「電燈(命)」が失われても、「ひかり」は保たれる、とあります。
その「ひかり」にあたるのが、「二十二箇月」の間、紙とインクに書き連ねた、
この「心象スケッチ」であるのでしょう。この点に、賢治のひそかな自負がうかがえます。

作家 宮下隆二