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第一章 わたくしという現象

その3

「あなたですか、さっきから霧の中やらでお歌いになった方は。」
「ええ、私です。又あなたです。なぜなら私というものも又あなたが感じているのですから。」
「そうです、ありがとう、私です、又あなたです。なぜなら私というものも又あなたの中にあるのですから。」
その人は笑いました。諒安と二人ははじめて軽く礼をしました。
「ほんとうにここは平らですね。」諒安はうしろの方のうつくしい黄金の草の高原を見ながら云いました。その人は笑いました。
「ええ、平らです、けれどもここの平らかさはけわしさに対する平らさです。ほんとうの平らさではありません。」
「そうです。それは私がけわしい山谷を渡ったから平らなのです。」
「ごらんなさい、そのけわしい山谷にいまいちめんにマグノリアが咲いています。」

『マグノリアの木』

これも断章的な作品です。
21歳の時に同人誌「アザリア」に発表した、
「峯や谷は」が先駆形であり、比較的初期のものとみられています。

諒安という人物が深い霧の峯を歩き、童子たちの不思議な歌声に誘われて、
一面の真っ白なマグノリアの花の咲く谷にたどり着きます。
諒安はそこで不思議な人物と出会い、マグノリアの花が「寂静印」であることと、
「覚者の善」について教えを受ける、という話です。

これは現実の景色ではなく、心象風景を描いたものです。
短いですが、極めて比喩的で示唆に富んでいます。
深い霧の中で迷いながら険しい山路を行くという行為自体が、人生の象徴です。
「寂静印」とは、「「涅槃寂静印」のことでしょうから、マグノリアの花は悟りの象徴です。

つまり、悟りとは、「わたし」と「あなた」がひとつであり、「けわしさ」と「平らかさ」のような二項対立が
止揚された境地であるということです。
賢治の愛と奉仕の人生は、このような境地において行われたことを、知っておく必要があるでしょう

作家 宮下隆二