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第一章 わたくしという現象

その4

スールダッタよ、あのうたこそはわたしのうたで、ひとしくおまえのうたである。
いったいわたしは、この洞に居てうたったのであるか、考えたのであるか。
おまえはこの洞の上にいて、それを聞いたのであるか、考えたのであるか。

おおスールダッタ。
そのときわたしは雲であり風であった。そしておまえも雲であり風であった。

…誰が許して誰が許されるのであろう。
われらがひとしく風でまた雲で水であるというのに。

『竜と詩人』

一般には余り知られていない作品ですが、短い中に賢治の文学観がよく表れています。
若き詩人スールダッタは、
竜の棲む岩窟の上で、それとは知らずに詩想にふけり、夢見ごこちの中である歌を聞きます。
その歌を詩賦の大会で発表し栄誉に輝きますが、
後日、竜から歌を盗んだ、と非難されてしまいます。
謝罪に訪れた詩人に対する竜の答えが、上記の文章です。
瞑想中に雲となり風となっていた竜の思念は、同じく瞑想状態だった詩人の思念と融合し、
大空を翔けていた、というのです。

このあと竜は、幾億の火を燃やした小さな赤い珠を、詩人に与えます。
それは「埋もれた諸経をたづねに海にはいるとき捧げる」竜の宝です。
詩人はそれを、「母が首尾よく天に生まれ」るときまで、竜に預けることとし、心あかるく岩屋を去ります。これは、真理の探究が詩人の使命であることの、比喩的表現だといっていいでしょう。

竜とは超自然的存在の象徴ですが、
それが同時に、詩人に霊感を与える存在でもあるというモチーフは、賢治の創作手法をうかがわせて興味深いです。
とくに「われらがひとしく風でまた雲で水である」というモチーフは、賢治の作品に繰り返し現れます。
賢治は大自然との交感の中でそれを実感し、多くの作品を生み出したのでしょう。

作家 宮下隆二