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第一章 わたくしという現象

その5

沼のしづかな日照り雨のなかで
青い蘆がおまえを傷つけ
かきつばたの火がゆらゆら燃える

雨が、雲が、水が、林が
おまえたちでまたわたくしなのであるから
われわれはいったいどうすればいいのであろう

『沼のしづかな日照り雨のなかで』

この作品は、「詩ノート」と呼ばれるノートに収められている一編です。
賢治の生前に発表された詩集は、『春と修羅 第一集』のみですが、
それ以外にも厖大な量の草稿があります。
この「詩ノート」の作品群から抜粋して、『春と修羅 第三集』(未発表)が編纂されました。

本作は、その編集作業から漏れました。作品として、未完成だったということでしょう。
この6行がほぼ全文ですから、完成作というより断章に近いものです。
しかし、ことば自体は非常に美しく、賢治の思想の重要なモチーフが明確に表現されています。
後半の文章が、前回の『竜と詩人』の竜のセリフと酷似していることは、見逃せません。

もうひとつの特徴は、人称代名詞の使い方です。
「おまえ」「おまえたち」「わたくし」の三種類が、巧みに使い分けられています。
前半の「おまえ」は、おそらく沼の水面のことでしょう。
後半はそれも含めた、雨、雲、水、林が、結局、すべて「わたくし」のあらわれであるとされています。
これはほとんど、悟りの境地でしょう。

しかし、大自然の運行においても、蘆の茂みが水の流れを遮るように、
生きることは他の存在を「傷つけ」ることでもあります。
それを分かるが故の、心やさしき詩人の苦悩が、最後の一行に凝縮されています。

作家 宮下隆二