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「滋賀銀行9億円詐欺事件裁判@」

1973年(昭和50年)10月、滋賀銀行山科支店の女子行員、奥村彰子が大阪市内で詐欺などの罪で
逮捕された。

私は当時、大津支局へ配属される直前で、直接取材したこともなく、この事件は自分には関係がないと
思っていた。

滋賀県警本部の記者クラブには全国紙5社、京都新聞、滋賀日日新聞、それにNHKなど放送6社が
加盟しており、県警のほか裁判所、検察庁も担当している。
前任の先輩記者は、県警幹部に紹介してくれることもなく、継続中の事件を教えてくれるなど、いわゆる
「引き継ぎ」をまったくしないままという無責任な男だった。
何も分からない私に、支局のデスクも「キチンとやれ」と言うばかりで、県警担当というシビアな職務にほと
んど具体的なアドバイスもないまま、新米同然の私に任せたのである。

当時の滋賀県警は(後で紹介する機会があると思うが…)極秘で県、大津市を巻き込んだ大型の疑惑事
件を内偵しており、他社の優秀な記者の間では微妙な緊張感があったようだ。もちろんそんな事情を全く
知らない私は本部長、刑事部長のほか防犯、交通部長らに挨拶をする程度の時間を過ごしていた。

そんなある日、他社のベテラン記者が私を裁判所へ同行させてくれた。
滋賀銀行事件の公判を傍聴取材するためである。

正直なところ、私はそれまで裁判の取材をしたこともなく、法廷へ入ったこともなかった。

常識的なことだが、地方裁判所には刑事部と民事部があり、滋賀銀行事件は刑事部の法廷で審理が続
けられていた。テレビなどでおなじみの大きな法廷の中央の高い所に裁判官席、その下部に書記官、速記
記録者席があり、裁判官席に向かう形で証言席、左右に検察官と弁護人席が対峙する形で設けられてい
る。そして証言席の後部が傍聴席。その最前列と二列目の中央付近に「記者席」と印字された白いカバー
の着いた20席ほどが並んでいる。

私もその記者席に座ると開廷時間になったのか正面奥の大きなドアが開き、黒い法服を着た裁判官が
3人上段の席に着いた。中央が裁判長で左右に陪席と呼ばれる比較的若い感じの裁判官が着席する。

裁判長の合図で、法廷横のドアから女性刑務官に左右を挟まれた小柄な中年女が傍聴席の前の被告人
席に着いた。

その女が奥村彰子だった。

促されて証言台に立った彼女は、地味な上着で化粧っ気もなく、背を丸めていかにも貧相な後ろ姿。
新聞や週刊誌で見た逮捕時の派手なミニスカート姿しか知らない私には、とてもあの奥村彰子だとは思え
なかった。

検察官による被告人質問の予定日だったようで、検事が銀行内での伝票操作や預金証書の偽造の手口
などを細部にわたって質問を続行。奥村は小さな声でボソボソと、しかし否定することなく丁寧に答えてい
た。結局この日はそれだけで審理は終了。裁判長が検察官、弁護人と簡単に打ち合わせて次回の予定を
決め、閉廷した。

私は裁判の手続きなどを全く知らなかった自分を恥じ、この日以降、裁判所の書記官室、検察庁、弁護士会
をできる限り回って、司法を学ぼうと決意したのだった。

滋賀銀行事件は1976年6月に判決日を迎えたが、それまでの間、私は予想外な経験をすることになる。

作家 津島稜