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「滋賀銀行9億円詐欺事件裁判A」

滋賀銀行9億円詐取事件は山科支店(京都市山科区)の女子行員の犯行と分かり、銀行側は、発生場所
の京都府警ではなく本店が所在する滋賀県警に届け出(告訴)をした。

山科支店のベテラン行員、奥村彰子は1967年から73年にかけて、客の預金証書の偽造や架空口座を開
設するなどの手口で1300回以上、合計8億9400万円を詐取。そのほとんどを愛人のタクシー運転手、山県
元次に貢ぎ、山県は競艇などのギャンブル、遊興費、山口の実家の新築の費用に浪費していたという。

73年(昭和50年)2月、奥村が転勤になり、銀行の内部調査で巨額の不正が明るみになった。
その直前に彼女は逃亡したが、滋賀県警が全国に指名手配。
また、競艇場などで派手に遊び回っていた山県は同年10月、贓物収受の容疑で逮捕され、奥村も同じ10月
に潜伏していた大阪市内のアパートで逮捕された。

二人の裁判は大津地裁で進められ、私が大津支局で司法担当になったとき(75年夏)は、起訴事実の
認否(罪状認否)、証拠・証人調べなどの手続きがほぼ終わり、二人の被告人調べが始まっていた。
当初、裁判の手続きなどの知識が皆無だった私だったが、大津地裁の建物に通い、書記官室で裁判所の
「イロハのイ」から学び始めた。

裁判は公判と言われ、法廷では一般人が傍聴できるし、公判の記録も閲覧できる。
その結果、奥村と山県に関する証人の証言記録や検察、弁護側双方の主張などを知ることができた。

裁判所には刑事部と民事部があり、滋賀銀事件は刑事部で審理。民事部は損害賠償などの金銭トラブル
や相続、婚姻関係といった新聞記事にはほとんどなじめないものばかりだった。滋賀銀事件は全国的にも
注目を集めていたので、当然、私の取材対象は刑事部になる。窃盗や喧嘩による傷害事件など比較的軽
微な事件は、単独の裁判官の小法廷で行われるが、重要・重大な事件は合議制で法廷も広くて大きい。
当時は裁判員裁判の制度はなく、3人の裁判官による合議制で審理が進められた。

この事件の裁判長は瀧川春雄氏。
戦前の自由主義思想に大きな痕跡を残し「滝川事件」で有名な瀧川幸辰・元京大総長の長男で、大阪大
学教授を経て判事となった人物である。

初めて裁判所の判事室を訪れたとき、瀧川氏は執務机に腰をかけ笑顔で事務官と話していた。
もう一つの机には別の判事が座っており、コーヒーカップを手にしてのんびりした様子。
厳粛な雰囲気を予想していた私は、緊張感無く瀧川氏らと会話することができ、その後も判事室に入ること
ができた。

もちろん瀧川氏ら判事が審理中の事件の評価や感想を口にすることは無かったが「この部屋に平気で
入ってきた記者は君が初めてや」と瀧川氏は意外なことに私に興味を持ってくれた。確かに判事室に入っ
てくる記者は皆無で、理由は極秘情報や特ダネが無いからだ。そんなある日、法衣姿の瀧川氏が別室に
私を手招きし「一緒に法廷へ降りようか」とニヤリとした。その背後のカーテンが開かれるとエレベーターの
ドアがあり、瀧川氏とこれも法衣姿の判事2人とともにそのエレベーターに乗った。降りたところはうす暗く
て狭い部屋で、瀧川氏らは少し離れた黒いカーテンの前に立ち「君は、いったんここから出て下の法廷へ
行ってくれ」と私に合図をした。瀧川氏ら3人の前には大きなドアがあった。私は衛守に案内されて小さな
出入り口から外に出て、狭い階段を巡り法廷の外へ。そこは一般の人が歩いている広い通路で、法廷に
入る扉が並んでいる。つまり私たちがいつも法廷の傍聴席入る見慣れた場所だ。

「へえ」と私は不思議な体験をした気になった。
こんな秘密のエレベーターが法廷の裏側に隠されていたのには正直驚いたものだった。

作家 津島稜