「包装」を通じ、あらゆる産業に貢献します。
>>トップページ  >>>NEWS  >>短編小説TOPページ
 ・新商品情報
 ・エンゼルコフィン
 ・ほかんくん
 ・宮下隆二のコラムTOP
 ・津島稜の世相を斬るTOP
 ・最新のNews一覧
 

まさか、のDVD(1)

奈良市の住宅街の一角にある市民プールは、
夏休みが始まったばかりとあって、子どもを連れた母親や若者たちで大賑わいだった。

大瀬戸(おおせと)(あきら) は、プールサイドのパラソルを模したテントの陰に腰を下ろし、
冷えた缶ビールを飲みながらプール内や周辺に視線を向けていた。
彼は、この日、長男の子供たち二人、つまり孫を連れてこのプールへ遊びに来たのだった。
母親から「おじいちゃん、頼みますよ。ちゃんと見てやってくださいね」と念を押されたこともあり、
一応、孫たちが危険な行動をとらないように注意はしている。
母親は、子どもたちを「おじいちゃん」に押し付けて、
今ごろは友人と一緒にデパートかどこかで羽を伸ばしているに違いない。

「おじいちゃん」と呼ばれても、大瀬戸はまだ六十歳にもなっていない。
若くして結婚をし、すぐに生まれた長男の結婚も早かったので小学生の孫が二人いる。
大瀬戸の子供は男女一人ずつで、長男とは歳が離れて生まれた娘は、今年二十五歳になるが、
まだ独身である。

その娘、奈美は、幼いころから活発な少女で、スポーツ、とくに水泳が好きだった。
大瀬戸は、彼女を連れてこの市民プールに何度も通ったものだ。
そのころは、大瀬戸も若かったので、一緒に泳いだり水遊びをしていたのを思い出すと、
今の彼女の成長ぶりが信じられないほどだ。

奈美は、囲碁の女流棋士になっている。

奈美が小学生になったころから、大瀬戸は近鉄・奈良駅近くにある囲碁クラブへ通っていた。
彼は、アマチュアの初段か二段ぐらいの棋力で、ある日、奈美をそのクラブへ連れて行った。
白と黒の石の模様が彼女には面白かったようで、
その日以降も休みの日には、大瀬戸に「私も行く」とせがむようになった。
もっとも、クラブからの帰りに商店街へ寄って、
お菓子や玩具を買ってもらうことが本来の狙いだったことは、大瀬戸も承知していた。

それがきっかけで、奈美は囲碁に興味を持つようになり、大瀬戸も喜んで彼女の碁の相手をしなが
ら、愛娘の棋力の上達ぶりが楽しみになった。
ところが、奈美には生来の才能があったのか、二、三年もすると大瀬戸を負かすほどになり、
間もなく彼では相手にならないほどに上達した。

囲碁クラブの推薦で、奈美は、プロ棋士の指導を受けるようになり、
中学を卒業する前に関西棋院の院生試験に合格した。
そして、六年前に女流のプロ棋士になったのである。

大瀬戸は、夏の陽射しを浴びながら水遊びに興じる若者たちを、眺めていた。
若い娘の水着姿は、こちらが恥ずかしくなるぐらいの大胆なデザインが多い。
(今どきの子は…)と、思いながらも、つい、その肢体を追いかけてしまう。

奈美が水泳を続けていたら、競技選手になれたかもしれない。
成長した彼女の水着姿を想像すると、大瀬戸は妙な気分になる。
小学生も高学年になるにつれ、娘と父親の関係は微妙になり、
風呂へ一緒に入るなどは論外として、部屋を覗くことさえ遠慮しなくてはならなかった。

奈美は、成長するにしたがって、美しい女性に変貌していった。
親の贔屓目ではなく、近所や学校でも評判になり、大学生のときには「ミスキャンパス」に選ばれ、
雑誌にもその姿が掲載された。女性としては背が高いほうで、スタイルは申し分ない。
男子学生だけでなく女子学生も憧れる存在になっていた。

大瀬戸は、そんな奈美が危なっかしいことをしたり、軽薄な友人と付き合うことを心配したが、
それは杞憂で、彼女は遊びや恋には無関心らしく、ひたすら碁の世界にのめりこんでいたのだった。
大瀬戸は、それが嬉しいようでもあり、反面、普通に結婚をして幸せな家庭生活を送って欲しいという
願いもある。

(俺の娘にしては、でき過ぎやな)と、思いつつも、大瀬戸は奈美の棋力が向上し、
手合い(プロ棋士の公式対局)でも上位の成績を残していることには、正直なところ満足している。

そろそろ陽が傾いてきたので、大瀬戸は孫たちを呼び「よう、遊んだやろ。ぼちぼち帰ろか」と
二人を水から上がらせた。
孫たちはまだ遊び足りない様子だったが、二人は「おなかが空いたし、おじいちゃんとハンバーガー
を食べに行こう」と顔を見合わせて笑顔を見せた。

「よっしゃ。ハンバーガーか」

大瀬戸は立ち上がり、シャワーのある更衣室まで孫たちを送り、着替えを済ませて出てくるのを待つ
ことにした。建物の外に居ても、プールではしゃぐ子供たちの声が聞こえてくる。
これからの夏休み、毎日家族連れや若者たちで混雑を続けることだろう。

作家 津島稜