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まさか、のDVD(2)

「よお、大瀬戸さん」
背後からの声の主は、渡辺だった。

渡辺は、奈良駅前の商店街で小さな書店を経営している。
その書店で、毎月の囲碁雑誌を買っているうちに顔見知りになり、近くの居酒屋で安い酒を
飲んだことも何度かある。ただし、渡辺は囲碁とは無縁で、興味も無いようだ。

「こんなところで、偶然ですな」
そう声をかけてきた渡辺は、半分以上禿げ上がった頭を麦藁帽子で隠している。

「孫のお守りで、来たんですわ。今、帰るところです」という大瀬戸に「私も、帰るところなんです」と、
汗を拭いながら「ここの事務所へ本を配達に来ましてね、それからプールを見物してたんですわ。
いや、若い()の水着姿は、よろしいな」と品のない笑顔を見せた。

「そうですな、最近の娘さんは派手な水着を着てますもんね」と、大瀬戸が相槌を打つと、
渡辺は「そうでっしゃろ。夏の楽しみですわ」とさらに好色そうな目つきになる。

孫たちが更衣室から姿を現したので、大瀬戸は「それじゃ、これで」と歩き出そうとすると、
渡辺が「大瀬戸さん、次の日曜日の夕方、うちへ来ませんか」と呼び止めた。

大瀬戸が立ち止まると、渡辺が近づいて、耳もとに口を寄せ「見せたいもんがありますんや」と
小声を出した。

「見せたいもの、何ですか」
「それは、来てからのお楽しみ。どうですか、日曜日の夕方、六時ごろ。軽く酒でも飲みながらということで」
「はあ。別に構いませんが」
「そしたら、待ってます」
渡辺は、ニヤリとした目配せをして去って行った。

大瀬戸は首を傾げたあと孫たちを連れて商店街に立ち寄り、
ハンバーガーショップへ付き合わされてから家へ戻った。

次の日曜日、大瀬戸は夕方の六時を回ったころ、駅前の渡辺書店へ行った。
すでにシャッターが半分以上下ろされてあり、それをくぐってガラス戸をノックすると「おう」と声がして、
渡辺が出てきた。

「待ってました。さあ、どうぞ奥へ」

渡辺は、すぐにシャッターを閉め、書棚が並んだ店の奥にあるドアを押し、
事務所を兼ねた応接間のような部屋へ大瀬戸を案内した。

「今夜は、女房が遅くまで外出してまして、私ひとりなんですわ。
大したもんはありませんが、とにかく座ってください」

渡辺は、簡単な応接セットのソファを掌で指し示した。
その前の、低いテーブルの上にウィスキーのボトル、氷とグラス、寿司桶が並べてある。

「これは、申し訳ないですな」
大瀬戸は小さく頭を下げてソファに腰を下ろし「で、見せたいものとは」と顔を上げた。

「はいはい、すぐに準備します」
渡辺は頷いて、テーブルの横に設置してあるテレビのスイッチを入れた。
若い男女のグループが歌っている番組のようだ。

「テレビ番組ですか」
「いや、そんなものを見ても仕方ありません」
そう言って、渡辺はダッシュボードの中から何枚かのDVDを取り出し、
それをテーブルの上に置いた。大瀬戸がそれを見て不思議そうな顔で「これは何ですか」と尋ねる。

「これが、けっこう面白いんですよ」
渡辺は、ラベルの貼っていないDVDの一枚を手に取り、
テレビの下に置かれてあるビデオデッキの再生用の挿入口へそれを差し入れた。

「まあ、とりあえずひと口やりましょう」
ウィスキーを注いだグラスを大瀬戸に手渡し、渡辺は自分用のグラスにもウィスキーを注いだ。
そして、寿司桶に箸を伸ばし、大瀬戸の前の皿に、二、三個の寿司を置く。

「じゃあ、乾杯」
渡辺は機嫌よさそうに、グラスを大瀬戸のグラスに合わせた。

「これは、どうも」
大瀬戸も笑顔でグラスを持ち、互いにグラスを傾けた。

作家 津島稜