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まさか、のDVD(3)

「それじゃ、と」
渡辺は、腰を伸ばして再生機のスイッチを入れ「しばらくの間、見ていてください」と、
独り言のような声を出す。
大瀬戸もそれにつられて大きなモニター画面に目を遣った。

画面に、いきなり岩風呂のような景色が映し出された。
音は出ない。
カメラが不規則に動くような映像になり「ゴソゴソ」と微かな雑音が聞こえる。
やがて、カメラが固定されたように安定すると、数人の女性が入浴している画面になった。

「これが、けっこう美人が多くてね。好き者の友達が、インターネットの裏サイトで買ったやつを
くれたんですわ」
「これは、温泉ですか」
「そうです、北陸あたりの温泉のようですな。撮影者はマニアと思います」
画面には若い女性が映し出されている。
もちろん全裸で、カメラは顔、胸、腰の順に、執拗にその女性の全身を追っていく。

昼間の撮影で、女性たちの背後の黒っぽい岩肌に湯気が上がっているのが見えた。
露天風呂はかなり広く、十人ぐらいの女性客が思い思いに湯に浸かったり、
岩肌に凭れかかって空を見上げているような姿だ。
撮影者は、露天風呂の上方からカメラを向けているようで、時おり木の枝や葉の影が画面に入ってくる。
カメラは、それぞれの女性に向けられ、ズームで迫ったり、逆に引いて何人かの姿を
同時に写すこともあった。入浴客の半数以上は年配の女性だが、カメラは年配の女性は写さない。
どの女性も自然な仕草で、撮影されていることに気づいてはいないだろう。

「どうですか、大瀬戸さん。面白いでしょ」
渡辺にそう言われて、大瀬戸は「はあ」と応えただけだった。

渡辺は、ウィスキーのグラスを持ったまま画面に食い入るように見入って、
大瀬戸のほうに全く視線を動かさない。

そんな好色そうな男の横顔に、大瀬戸は空しさを感じて、ウィスキーをひと口飲み込んだ。
彼は、この盗撮ビデオを見ても、大して興奮していない。
女性のヌードには、一般的な男性と同様に興味はあるが、渡辺ほどには感覚が動かないのだ。
(いい歳をして、覗き趣味でもあるまい)と、半ば興ざめた気分になっている。

「もう一本が、また、ええんですわ」
渡辺は、別のDVDを手に取り、それをビデオデッキに入れた。
これも、同じような入浴姿を狙った盗撮ビデオで、渡辺はニヤニヤしながら画面に視線を遣っている。
大瀬戸も仕方なしに画面に視線を向ける。案の定、同じような岩風呂の盗撮モノだった。
場所も同じだろう。

「この()、別嬪さんやし、ええ身体してまっしゃろ」
渡辺が腰を浮かして画面を指差した。大瀬戸がその指先を見ると、若い女性が湯から上がり、
岩の縁に腰をかけて周囲を眺めているところだった。
「う」
大瀬戸は思わず小さく呻いた。

その娘の顔は、見覚えがあるどころか、奈美とそっくりだった。(まさか)と思って、
大瀬戸は画面に顔を近づけた。

「大瀬戸さんも、別嬪さんと思いますんやな」

渡辺の気味の悪い声も、大瀬戸の耳には入らない。
眉の横に二つ並んだホクロ、肩口の小さな傷跡は、
子どものころ、プールへ遊びに行って転倒したときの名残だ。
奈美は、足を軽くばたつかせて湯を波立たせ、それから天を仰いで欠伸をした。
気持ちよさそうに、笑みすら浮かべている。
カメラは彼女の胸、腰を舐め回すように動き、立ち上がると股間、臀部をアップにして追いかける。
大瀬戸は、とても見ていられなかった。

「渡辺さん、テレビを消してくれますか」
大瀬戸の予想外に大きな声に渡辺は、驚いたような顔になり
「何で、まだまだたくさん写ってますのに」と訝しがったが
「もう、結構です」という大瀬戸の強い目つきに気圧されたようにテレビのスイッチを消した。
「渡辺さん、このDVDを譲ってくれませんか」
「ほう、これはまた。えらく気に入ったみたいですな」
「いや、そういう訳では」
「へへ、分かりました。差し上げますよ。私は、もう何回も見たからね」
渡辺は、取り出したDVDをプラスティックの薄いケースに入れて、大瀬戸に手渡した。

そういえば奈美は、去年の秋口に、関西棋院の研修旅行で福井の芦原温泉へ行ったと話したことがある。
そのときに盗み撮りをされたのだろう。
大瀬戸はあいさつもそこそこに渡辺書店を出た。
上着の内ポケットに入れたDVDのケースが嵩高く胸に当たる。
夏の宵、帰り道の商店街ですれ違う人々の笑い声や、気楽そうに歩く姿が空々しく、
彼の胸中は暗澹たる影に覆われていった。

作家 津島稜