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まさか、のDVD(5)

家へ帰ると、偶然、大阪のマンションで一人暮らしをしている奈美が戻っていた。
奈良で、囲碁のイベントがあったので、その帰りに寄ったらしい。
今夜は、久しぶりに泊まっていくという。

大瀬戸は、ついさっきまで足立と話していたことを思い出し、複雑な気分になった。
リビングルームでの食事は終わったようで、
奈美は兄の夫婦や子供たちと、楽しそうに話し合っていたが「お風呂に入ってくる」と立ち上がった。

大瀬戸の脳裏に、あのDVDの画像が甦ってくる。
懸命にその記憶を消し去り、浴室に向かう奈美の後姿に声をかけた。
「風呂の窓は、ちゃんと閉めとけよ」
「はいはい」と後姿のまま片手を挙げて、奈美は廊下を歩いていった。
「おじいちゃんも、変なところに気を遣いやはるねえ。浴室の窓はきちんと閉めてありますよ」
子供たちの相手をしていた息子の嫁が笑い声を出した。大瀬戸は黙ったままである。

大瀬戸が一本のビール瓶をほぼ飲み終えたところで、奈美がリビングルームに入ってきた。
「ああ、気持ちよかった。スッとしたわ」
奈美はパジャマ姿になっている。
「私もビールをひと口いただこうかな。あら、もう空になってるの」と、
テーブルのビール瓶に視線を遣ってから、冷蔵庫の缶ビールを持って、大瀬戸の前に座った。
子供たちは寝室へ入ったため、リビングルームには二人だけだ。
「ああ、美味しい」と、奈美はコップに注いだビールを半分ほど飲んで「ふう」と溜息をついた。
湯上りのせいか、奈美の身体から仄かな香りが漂ってくる。
健康な若い女性のみずみずしさを惜しげもなく発散しているようだ。
パジャマの上のボタンを外しているので、胸元が見えている。

「奈美、おまえ、付き合うている男はいるのか」
大瀬戸の真面目な顔を見て、奈美は「何よ、いきなり」と目を丸くしたが「とくに、そんな人はいないわ」と、
素っ気なく答えた。
「男の前で、パジャマのボタンを外して、ビールなんか飲んで」
「変なことを言うのね、お父さん」
「あんまり、人前で肌を見せるなということや」
「何よ。ちょっと、おかしいわよ、お父さん」
「誰かに写真でも撮られたらどうする」
「写真?」
奈美が一瞬、沈黙し、それからコップのビールを飲み干した。
「おまえ、酒が強いのか」
奈美は、黙ったままである。大瀬戸も口を噤んだ。
しばらく、二人とも無言だったが、やがて奈美が窓のほうに視線を向け「実はねえ」と口を開いた。

「私の裸の写真じゃなくて、ビデオっていうかDVDがあるのよ」
大したことでもないような口ぶりで、奈美がそう告白したのを聞いて、大瀬戸は自分の耳を疑った。
そして(ええっ、おまえ、知っていたのか)という言葉を呑み込んだ。

呆然としている大瀬戸に顔を向けた奈美は「大学の後輩の女の子に教えられて、
そのDVDを見せてもらった。彼女は彼氏の部屋で見たと言ってた。彼氏は私のことを知らないけどね。
でね、彼女、彼氏からそのDVDを取り上げて私にくれたの。
去年、芦原温泉へ行ったときに盗撮されたらしい」と、少し眉を顰めた。

「盗撮されたらしいって、おまえ平気なのか」奈美が、あのDVDを持っているとは衝撃だった。
(何ということや)という言葉を大瀬戸は胸の中で何度も呟いた。

「そりゃ、最初はショックだったわよ。恥ずかしいを通り越して死にたくなった。
棋院やほかの友だちに知れたらどうしょうって悩んだ。盗撮した犯人を殺したくなったわ」
やはり、奈美は苦しんだのだろう。大瀬戸は、じっと彼女を見つめた。

「お父さんも見てみる? けっこう綺麗に写ってるわよ」
大瀬戸の視線に気づいた奈美が、ふざけた口調で作り笑いをする。
「あほかっ。そんなもん、誰が見るか。すぐに焼いてしまえ」
大瀬戸は、本気で怒った。(何ということを言うのか)と、情けなくなる。
「でもね、撮られてしまったものはどうしようもないじゃない。青春の記念にするわ。
結婚したら旦那様にも見せたい」
奈美は、あながち虚勢を張っているようではない。
時間が経過するにつれて、心の傷が癒えたのか、あるいは諦めたのか。
大瀬戸は、そんな彼女の様子に、少しばかりの安堵を感じたが、逆に不安も残っている。

「旦那さんに見せるって、冗談もほどほどにせえ。焼いて捨てるのは約束や」
「はいはい、考えときます」
「まだ、そんなことを」呆れる大瀬戸に、
奈美は「でもねえ、お父さん、私は裸を盗み見されるより、頭の中を盗み見されるほうが、絶対に嫌」
「頭の中?」
「うん。囲碁で私が何を考え、読んでいるかを相手に見抜かれると、もう終わり。こんな情けないことだけは
したくない。恥ずかしいなんてもんじゃなく、棋士としての人間を否定されるんだから。
この盗撮だけは厳重に警戒しなくちゃね。それとは逆に、私は、対局相手の頭を何度も盗撮してるのよ。
裸のDVDなんて、スカみたいなもんだわ」
奈美は、今度は本当の笑顔になった。

「頭の中の盗撮? わけの分からんことを言うな」
「お父さんも、もっともっと碁が強くなったら分かるわよ」
「それを言うな」
大瀬戸は苦笑いをしながらも、奈美の言葉がプロ棋士のそれになっているのに初めて気づかされた。

「もう寝るわ。おやすみ、お父さん」
奈美は、にっこり笑ってテーブルから立ち上がった。
大瀬戸は、その後姿を微笑みながら見送ったが、
またもやあのDVDの映像が浮かびそうになったので、慌てて冷蔵庫からビールをもう一本取り出した。

                                                         (了)

作家 津島稜