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新春対局にかける(3)

「島村君、今日は真剣に対局してもらって構わないが、全滅させたり、ハメ手のような品の無い碁は
やめてくれ。しかし、負けるなよ」

「負けるな、ですか」
島村が、そう問い返したとき、入口付近が騒がしくなり、川端理事長と関西棋院の北川九段らが入って
来るのが見えた。

「島村君、理事長がお見えになったようだ」
正岡は立ち上がって、川端理事長を迎えに歩み寄った。
「おう、正岡社長」
そう言って片手を挙げた大柄の男が川端理事長で、仕立てのよいダークスーツを着込んでいる。
その背後に、ともに和服姿の夫人と若い娘が並んでいた。
「理事長、明けましておめでとうございます。これは、奥様もご一緒とは、嬉しい限りです」
正岡は、夫人に丁寧に頭を下げた。

「社長、女房の駒子と娘の葉子ですわ。それに北川先生に今日の立会いをお願いしましたんや」
それぞれに挨拶を交わしたあと、正岡が「葉子さんのお相手をする島村君です。新鋭のチャンピオンで、
今年は名人と本因坊戦のリーグ入りが確実という強豪ですよ、お嬢さん」と、葉子に島村を紹介する。

「はじめまして。川端葉子です。島村先生の大ファンで、今日はとても楽しみにして参りました」
葉子は、島村の目元ぐらいの背丈で、長い髪を和服に合わせてアップにしている。
黒目がちの大きな瞳と濃い眉は母親譲りなのだろう。
薄く化粧しているためか大人びた印象で、とても高校生には見えない。

「あと三十分で午前十時になります。それまで休憩していただいて、十時から対局を開始します。持ち時間
は三時間。途中、正午から三十分間休憩時間をとりますが、葉子さんは持ち時間を使い切ると一手一分以
内に打たなければなりません。島村君は時間切れになると負けになります」
北川九段が対局のルールを説明し、島村と葉子はあらためて軽く頭を下げ合った。

正岡と川端夫妻らがワインを飲んだり、雑談を交わしている間に、対局の準備が整えられ、島村と葉子が
碁盤の両側の椅子に座った。
周囲には、正岡や川端夫妻、それに十数人の招待客が碁盤の周りを遠巻きに囲む。

「それでは、対局を開始してください。葉子さんの二子局でお願いします」
立会人席の北川九段が声をかけると、島村と葉子は頭をさげてから碁笥を手前に寄せ、蓋を開いた。
島村は第一着を手前の星に打つ。
葉子は下辺右の星に黒石を置いた。振袖の袂を左手で押さえ、白い手をスッと伸ばす所作は美しい。

島村の第二着は下辺左の星の黒石に二間高ガカリ。下手が対応に少し悩まされる着手である。
葉子はしばらく考えていたが、右辺の星下に打つ。それを見て、島村が右下の黒石にコゲイマにかかると、
葉子は素直に一間に受けた。以後、白番、黒番ともに上辺、左辺の大場、続いて白番の右辺への打ち込
み、黒番の左辺シマリとオーソドックスな布石時代が続いた。

正岡は、川端理事長に肩を叩かれ、別室へ誘われた。
「社長、どうやろ。島村君は葉子を勝たせるようなことはないわな。おとなしい碁になりそうやが、
葉子は地に辛いし、ヨセも強いで」
「さあ、島村君が負けることはないと思いますよ」二人はワイングラスを取り、オードブル皿に手を伸ばす。
そこへ駒子夫人も姿を見せ、正岡に「葉子は緊張しているようで、ちょっと心配ですわ」とバッグから
ハンカチを取り出して目元の汗を拭いた。

「駒子、緊張して負けてくれたほうが、ええやないか」
「あなたは、そんなことを仰るけど、あの子が好きな道を選びたい気持ちを邪魔するわけにはいきません」
駒子夫人は、意外と強い口調である。

駒子夫人は、意外と強い口調である。
「勝負は、分かりません。葉子さんの打ちっぷりを拝見しましょう」
正岡は、二人の話がややこしくならないうちに、対局の行われている部屋へ夫妻を促した。

作家 津島稜