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玲子のクリスマス(1)

あの日…。

国鉄(現JR)大阪駅から電車に乗り込んだ僕は、空いていた4人がけの席に座ることができた。
ホームの時計を見ると、午後8時を少し回っている。
40分ぐらいで家に帰れるから、楽しみにしていた9時からのテレビ洋画劇場にはぎりぎり間に合いそうだ。
駅員のアナウンスが聞こえ、ドアが閉まる直前に女性が走りこんで来て、僕の前の席に座ると同時に
電車が動き出した。
対面式の座席はやや窮屈で、女性の膝と僕の膝が触れ合いそうになったので、僕は足を少しずらした。
僕のジーパンの膝とくっつきそうな彼女の膝頭と青いスカート、それを包んでいる暖かそうな白いコートが
目に入った。揃えられた膝や脚を見ていて変に思われても困るので、僕は視線をそらした。

電車内は、勤め帰りのサラリーマンが多かったが、混雑というほどでもない。
前に座っている女性が、傍らの大きなバッグから新聞を取り出して読み始めた。
そのとき初めて僕は彼女の顔を見た。
27、8歳ぐらいだろうか。ショートカットのヘアスタイルで、まつ毛の長い大きな眼、赤い口紅。
いかにもキャリアウーマンという雰囲気の綺麗なお姉さんだ。

その新聞は、僕の家でも購読している新日本新聞だった。
僕は、経済学部の学生でありながら、あまり熱心に新聞を読んだことがないので、
ぼんやりその新聞の一面を眺めていた。
首相が外遊から帰ったとか、不景気で株価が下がったという記事の見出しを見ているうちに、
僕は奇妙なことに気づいた。
その新聞の日付が12月24日だったのである。
(今日は12月23日、明日がクリスマスイブに間違いないよな)と、頭の中で繰り返してから、
もう一度その新聞の日付を確認したが、題字下の大きな数字は12月24日になっている。
僕は、眼をこすりながら、その数字に顔を近づけた。すると、新聞が大きく揺れ、
お姉さんが顔を出して怪訝そうに僕を見、そして、きつい目になり「何か」と問いかけてきた。

「は、あの…」
僕は、この綺麗なお姉さんに睨まれて、彼女が未来の世界からやって来た魔女か何かのように錯覚し、
一瞬怖くなったが、勇気を出して「あの、その新聞、明日の新聞ですか」とかすれ声を出した。

「え」と、お姉さんも不審な表情になり、ちょっと間を置いてから「ああ、この日付のことね」と視線を新聞に
やってから、クスリと笑った。
その仕草は、魔女とはまったくかけ離れて魅力的で、僕は怖がっていた自分が恥ずかしくなった。

「これは早版なの」
「ハヤバン、ですか」
「そう、山口とか広島とか、四国の高松へ行く新聞。運ぶのに時間がかかるから、締め切りが早いのよ。
この版の締め切りは午後6時で、さっき刷り上がってきたばかり。
この版の新聞は、今ごろトラックに載せられて中国や四国へ向かっているわ」
「へえ。お姉さんは新聞社の方ですか」
「お姉さん、とはねえ。未婚の女性に対して失礼よ」
「あ、すみません」
「私の記事が載っているから読み直していたの。あなた、学生さん?」
「そうです。へえ、お姉さん、あ、すみません。新聞記者さんですか。僕の家も新日本新聞を取っています」
「あら、そう。それは有難うございます。この早版はねえ、政治や経済、社会面はほとんど今日の夕刊と同じ
なの。でも、中面(なかめん)の文化とか、芸能、家庭欄は明日の朝刊と同じよ。事件や事故と違って何日も
前から記事を出稿できるから」と、お姉さんは機嫌が良くなったのか、
新聞の内容や締め切り時間の違いなどを説明してくれた。

「あら、着いちゃった。じゃあ、さよなら。ああ、この新聞、あなたにあげる。中面の大阪新風景という写真の
大きな記事が私のだから、読んどいて」
お姉さんはそう言い残してさっさと電車から降りて行った。僕が降りる駅より二つ前の駅だった。

作家 津島稜