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玲子のクリスマス(2)

お姉さんのくれた新聞を広げてみたら、家庭面の次のページに「大阪新風景」という写真の多い記事が
あった。それ以外に、別に目新しい記事が載っているとも思えず、スポーツ面を拾い読みしてみた。
プロ野球選手の契約更改とかラグビーの試合結果などが載っているが、僕にはあまり興味がなかった。
それにしても明日の新聞だから、母親に見せたら珍しがって喜ぶかも知れない。
ついでに「卒業に絶対必要な教材費」と嘘をついて小遣いを騙し取ったことを忘れてくれたら、
なおのこと有難いけれど。

そんなくだらないことを考えながら、何気なくスポーツ面の下段の囲碁・将棋欄を見たとき、僕の頭の中で
素晴らしいアイデアが閃いた。

実は、僕の家は駅裏で囲碁クラブを経営している。
50人も入れば満員の店だが、毎日だいたい満席なのは最近の囲碁ブームのおかげのようだ。
僕の父親は素人にしては強い方らしく、一応主(あるじ)の勤めを果たしている。
その囲碁クラブで、毎週一回「次の一手」を予想するイベントがあり、今日がその投票日だった。
ただし「次の一手」だと、正解者が多いため、去年ぐらいから「次の三手」を予想するようになった。
「次の一手」は低段者でも当たる場合があるが「次の三手」となると高段者でもなかなか難しいらしい。
予想投票用紙はひとり一枚で、一回につき百円を投票箱に入れなければならない。
しかも、だ。その問題は新日本新聞の囲碁欄を使っている。
その翌日の新聞を見て、正解者が出た場合、投票箱の中の懸賞金を受け取ることができる。
正解者がひとりだけだったら当然、賞金はひとり占めだ。
父親の話では、もう何ヶ月も正解者が出ていないというから、箱の中にはかなりの金額が貯まっているだろ
う。(よし、今夜は僕も投票しよう。これで教材費は回収できる)と、テレビ番組などコロリと忘れてしまった。
僕の棋力は素人も素人だけど、そんなことはどうでもいいた。

僕は新聞の囲碁欄の次の三手をしっかり暗記して、駅からすぐの囲碁クラブへ帰った。

店内にはまだ十人ぐらいの客が残っていた。
案の定、今日の新日本新聞の囲碁欄のコピーを全員が手にして、ああでもない、こうでもないと予想しな
がら投票用紙とにらめっこをしている。
僕は解説用に立てられた大盤の前でニヤニヤとその様子を眺めていた父親に
「ただいま。あ、そうか、今日は投票日か、僕もやってみようかな」と、とぼけた口調で声をかけた。
「お前が?今日の問題は難しいから、お前なんかじゃ、とても無理や」と父親はてんで相手にもしてくれな
い。「まぐれ当たりもあるさ」と僕はポケットから百円玉を出して、投票用紙を取った。
「無駄なことをするな」と父親は半分本気で僕を睨んだ。
僕は、考えているふりをしながら空いている席に座ったとき、父親が「今年の投票は今日で終わりです。
明日、正解者がいなかったら、貯まっているお金を忘年会の費用にあてようと思います。
みんなで楽しく飲んで、食べましょうや」と一同に説明した。
「それは賛成。しかし、俺が当てるから、みんなには申しわけないなあ」と常連のおじさんが笑い声を出した。
僕は(しめしめ)とほくそ笑みながらボールペンで投票用紙に解答を書き込もうとして、
ふと部屋の片隅に座っている貧相な老人に気づいた。荒木(あらき)のじいちゃんだ。

荒木のじいちゃんは、笑い声のおじさんの方を口を開けて眺めていた。
僕が母親に聞いたところによると、荒木のじいちゃんは、近くにある木造の府営住宅に住んでいる。
何年か前に息子さんが交通事故で亡くなり、それ以来、息子さんの嫁と孫娘に面倒を見てもらっている
そうだ。その嫁さんが働きに出て、一家を支えているらしい。
じいちゃんは囲碁だけが楽しみのようで、毎日朝一番にこの囲碁クラブへやって来て、
午後9時の閉店まで碁盤の前から離れない。
昼食は決まって素うどん(かけうどん)一杯。あとはサービスのお茶だけしか口に入れないという。
僕の父親は「同情なんか、相手に失礼や」と言いながらも、荒木のじいちゃんには結構気を遣って、
おやつのケーキなどをサービスしている。

(荒木のじいちゃんに気づかなければ良かった)と、僕は一瞬、浅ましいことを思ったが、すぐに反省し、
じいちゃんの横へ座りなおした。
「じいちゃん」と僕が小声を出すと「何や。ワシは耳が遠いんじゃ」と、
じいちゃんは大きな声で耳を近づけてきた。
せっかく小声で話しているのに、これでは他のお客さんにばれてしまう。
それでも、できるだけ小声で「僕の答えを見てよ。
大学の先生が教えてくれたんだ」と、じいちゃんの耳元に口を近づけ、
解答の記入された投票用紙と百円玉を差し出した。
「ワシはそんなもん要らん」とじいちゃんは手を振ってから、僕の投票用紙に目を遣った。
「こんな変な手は打たんぞ」とじいちゃんはその投票用紙を僕に押し返そうとしたが、
僕は「お願いやから、これを投票して」と、目配せをし、唇に人差し指を立て、そして拝むように片手を挙げ、
精一杯のサインを出した。
じいちゃんは、そんな僕を呆れたように見てから「ワシは、兄ちゃんが小さいころから可愛がってやって
たから、いっぺんぐらいわがままを聞いたろか」と無精ひげの生えたしわだらけの顔をほころばせた。
じいちゃんは、自分の名前を記入してから、よぼよぼの足で歩き、その投票用紙を投票箱に入れた。
父親が「そしたら、これで締め切ります」と投票箱にふたをした。

作家 津島稜