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玲子のクリスマス(3)

僕が、碁会所から出て二階の自室へ向かおうとしたとき、入り口のドアが開いて、高校生ぐらいの女の子が
「おじいちゃん、帰りましょ」と、荒木のじいちゃんのところへ近づいた。どうやらこの女の子が孫娘のようだ。
ほっそりとしたスタイルで、長い髪を無造作に束ねている。
僕には、横顔しか見えなかったが、色白で涼しそうな目元が印象に残った。
(明日はクリスマスイブ。嫁さんと孫娘と一緒に何か美味しいものでも食べてね)と、
僕は、孫娘に腕を抱えられて外へ出て行く、じいちゃんを見送った。
「同情なんか…」という父親の言葉が脳裏に甦ったが、それを無理に胸の奥へ押し込んだ。
部屋に戻ってテレビをつけたら、楽しみにしていた映画は半分近くまで放映されたあとだった。

それから5年過ぎた初夏のある日。

中堅の広告代理店に就職した僕は、市役所がスポンサーの選挙啓発の特集記事の打ち合わせのため、
御堂筋に面したカフェテラスで新日本新聞の担当記者を待っていた。
「役所で打ち合わせするより、お天気がいいから外でしましょ」という女性記者の注文で、
この店を指定されたのだった。明るい日差しを浴びた新緑の銀杏並木はたしかに爽快だ。

約束の時間より10分ぐらい遅れて、オレンジ色のジャケットにグリーンのミニスカート姿の女性が
僕の前に立ち「山田さんですか」と声をかけてきた。「はい」と応えた僕は、女性を見て驚いた。
「始めまして。新日本の鈴木です」と自己紹介したその女性は、いつか電車の中で僕に新聞をくれた、
あのお姉さんだった。
彼女に席をすすめてから
「あの、鈴木さん、もしかして5年ほど前、電車の中で早版をくださったことがありませんか」と質問した。

「へえ、そんなことがあったかしら…あ、そうか、あのときの学生さん?」
「そうです」と嬉しくなってうなずいた僕に「そんなことがあったわねえ。あのとき、あなたが変態ではないかと
思ったのよ」と鈴木さんは白い歯を見せて笑った。あの日と同じような真紅の口紅が眩しい。口許に手をやっ
た彼女の薬指に指輪が光っているのに気づき(結婚したんだな)と、僕はちょっと残念な気分になった。

「もうすぐ市役所の広報担当者が来るから、それまでコーヒーでも飲んでましょ。
彼女、美人だから楽しみにしていてね」

鈴木さんが注文したコーヒーが運ばれて来るのとほとんど同時に、紺色のスーツ姿の若い女性が
「お待たせして申しわけありません」と僕たちのテーブルの横に立ち軽く頭を下げた。
真っ直ぐな長い髪の女性で、スラリとしている。アクセサリーもない質素な感じだが、清楚な顔立ちの、
確かに美人だ。

「荒木さん、早かったわね。さあ、そこにお座りなさいよ」
鈴木さんは、コーヒーを追加注文し「山田君、こちら市の広報の荒木玲子さん」と彼女を僕に紹介した。
「荒木です。よろしくお願いします」と彼女は少し微笑んだ。

「あのねえ、初めて彼女と会ったとき、あらっ、綺麗な子ねえ、と思ったの。
それから、彼女から名刺を受け取って、私、びっくりして、そして吹き出しちゃったのよ。どうしてだか分か
る?」僕はどういう意味なのか理解できなかったのでポカンとしていた。

「分かんないかなあ。荒木玲子は、あら、きれいこ,じゃない」
鈴木さんはひとりで大笑いした。
僕もようやくその駄洒落っぽい意味が分かり、愛想笑いをしたが、玲子は黙って俯いたままだった。
ひとしきり笑った後、鈴木さんは玲子が持ってきた封筒を開き、中から書類の束を取り出した。
「これで、十分だわ。今度の特集は、市民に投票を訴えるのが狙いだから、荒木さんに手伝ってもらってる
のよ。それで…」と鈴木さんは紙面の割り付け、原稿の種類、表やグラフの内容などをてきぱきと
僕に説明してくれた。
「そういうことでね、山田君、市がメインのスポンサーなんだけど、ほかに少し賛助広告を載せたいの。
そこは頼むわよ」と、僕を君付けで呼び、しっかり指示を出した。

作家 津島稜