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玲子のクリスマス(4)

「さあ、仕事の話はこれで終わり。もうすぐゴールデンウィークね。こんないい天気が続いてくれたらいいけ
ど。荒木さんは、どこかへ遊びに行くの」
「いいえ、とくに予定はしていません」
鈴木さんの明るい声に比べると、玲子は物静かな話し方だった。

「そうか、お母さんと二人っきりだものね。親孝行してあげて。お母さんの体調はどうなの」と、鈴木さんは
玲子と親しいらしく、家庭の状況もよく知っているようだ。

そのとき、僕は突然「荒木」という名前の記憶が甦った。まさか、あの荒木のじいちゃんの関係者なのか。
そう言えばあのとき、じいちゃんを迎えに来た孫娘とどこか似ている。

「あのう、荒木さん」
二人の話の間に割って入った僕は、玲子に思い切って尋ねてみた。

「荒木さんには、碁の好きなおじいさんがいらっしゃいませんか」という問いに、玲子は「え」と、僕に視線を
向け「はい。囲碁の好きな祖父がおりましたが、五年前のお正月に亡くなりました」と眼を伏せた。
しばらくそうしたあと、僕をまじまじと見て「どうして分かったんですか」と不思議そうな表情になった。
僕は国鉄の駅名を告げ「あの駅の裏にある囲碁クラブが僕の家なんです」と言うと、
玲子は「ああ、山田囲碁クラブですよね。亡くなる前の日まで囲碁を楽しんでいました」と本当に驚いた顔に
なった。

「へえ、荒木さんのおじいちゃんは亡くなったんですか」
「はい、お正月が明けたころ突然の急性心不全で。全然苦しみませんでした。暮れのクリスマスに、母と私
を高級なおすし屋さんに連れて行ってくれたのです。滅多にないことで、母と私がとても驚いたのを覚えて
います。私の家は貧しいものですから、祖父がいつの間にかコツコツ貯めてくれていたかと思うと…」と
言うと、涙を浮かべた。

「まあ、あなたたちは知り合いなの。これはびっくりね。偶然にしても嘘みたい」
鈴木さんが、僕と玲子を何度も見比べた。

「山田君、ひょっとしたら荒木さんとは赤い糸で結ばれているんじゃないの。そうなると私が縁結びの神って
いうところね。本当に。そうだ、特集記事に使うカット写真、この御堂筋の風景にするわ。あなたたち二人の
姿を入れた構図でね」そう言うと鈴木さんは立ち上がって、バッグの中から小型カメラを取り出し、少し離れ
た舗道に立って僕たちにレンズを向けた。戸惑っている僕たちにはお構いなしに
「さあ、もうちょっと向き合って。自然に、自然によ」と何枚もシャッターを切った。

それが25年前だった。

玲子の母親と僕の両親、それと鈴木さんだけが出席した結婚式。玲子はとても嬉しそうだった。
安月給で、お気楽な僕を支えてくれ、贅沢はしなくても人並みの生活を保ってくれた。
狭いマンションはいつも清潔に片付いていたし、料理も美味しかった。
子どもには恵まれなかったが、玲子は淋しそうな素振りを見せたことがなかった。
…玲子は、昨夜、死んだ。まだ50歳にもなっていない。タバコも吸わないのに肺がんだった。
僕の喫煙が原因だろうか。来週がクリスマス。なぜかクリスマスに縁がある。

今、玲子は僕のそばで安らかに眠っている。病院で苦しがっていたのが嘘のようだ。
彼女の人生は何だったのか。僕を幸せにするためにだけ生まれてきたように思う。
遺品というほど大げさなものではないが、荼毘に付される前に、柩に入れるものを何にしようかと、
僕はあれやこれやと整理しているのだ。

「中身を見ちゃ、いやよ」と玲子が笑いながら箪笥の奥に仕舞い込んでいた千代紙で作った箱を見つけた。
つましい彼女が大切にしていたものだ。
その箱を開けてみたら綺麗にたたまれた古い新日本新聞が出てきた。
その古新聞を広げてみると、あのときの御堂筋の写真が掲載されている。
僕はすっかり忘れていたのだが、彼女はこんなものを大切にしていたのかと無性にいじらしい。
その新聞の下に預金通帳と生命保険証があった。
そこには予想外の金額が記されてあり(いつの間に)と驚かされた。
そして、その通帳の間から一枚の写真がはらりと落ちた。
鈴木さんが僕たちにくれた、新聞に掲載されたあの写真である。
明るい御堂筋と銀杏並木、歩道に置かれたテーブルに向かい合う、若い日の玲子と僕の姿が画面の下に
小さく写っている。
初夏の風を受けた玲子の髪が揺れているようだ。

「玲子…」
僕は、大人になってから初めて泣いた。

(了)

作家 津島稜