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天才少年殺人事件(1)

大阪府警谷町警察署の刑事課で、万年巡査部長の和田が、新米刑事の横山と下手な碁を打っていた。
昼休みもそろそろ終わろうというのに、二人には折りたたみ式の碁盤をしまおうとする様子もない。

「主任(警察部内では巡査部長を主任と呼ぶ)、もう休憩時間が終わりますよ」
さすがに横山は刑事課長や同僚の目を気にして、和田に小声を出した。

「横山。ワシが何年、谷町署におると思うとんねん。あと5分あることぐらい時計見んでも、分かっとるわ」
和田の野太い声は周囲にも聞こえる。
その時間が正確かどうかは別にして、同僚らは苦笑いをしているが、刑事課長の宮下警部は不機嫌そうな
視線を和田に向け、何か言いかけたとき、卓上の警察電話が鳴った。
宮下は仕方なく受話器を取り上げ「はい。刑事課」と答え、相手の話に「ふんふん」と頷いたあと
「ワーさん、救急からの連絡で、子どもの変死や。警察病院へ行ってくれるか」とカン高い声で指示を出した。

「おう」と低い声で立ち上がった和田は「ワシが勝っとるのにな。おい、碁盤を早よしまえ」と、
横山に向かって手を振り「ほな、行くぞ」と部屋から出て行く。
そのあとを、コートを抱えながら横山が走り出ていった。

宮下は、ブスッとして、二人が出て行ったドアを眺めている。

谷町署は寺院や、学校が多い住宅地を管内に持ち、犯罪の発生率も低く、凶悪事件は滅多に起こらない。
警察病院も管内にあり、和田らはものの10分ほどで病院の救急処置室に入った。

担当の医師が「先ほど搬送されてきたんですが、私が診たときは、すでに絶命していました。
おそらく窒息死と思われます。
念のためにX線撮影をしてみたところ、丸い石のような物が、気管の奥に1個、胃の中に2個発見されてい
ます。この石のような物で喉を詰めたのでしょう。誤って石を飲み込んでの事故死と見ておりますが、
念のために解剖したほうがいいと考えます」と、状況を簡単に説明した。

遺体は小さな男の子で、処置室の外の廊下に両親と、和服を着た中年の男が立っていた。
和田は泣き崩れている母親に「ご愁傷様です」と頭を下げてから「ご両親に、ちょっとお話を伺いたいので」
と、二人を別の部屋に案内する。
和服の男には「しばらく、待っていてください」と言い残して、両親が入った部屋のドアを閉めた。

両親の話によると、死亡者は下田悠太(6歳)で、四月から小学校へ入学する予定だった。
この日は午前中に幼稚園の授業が終わり、そのまま、近くの夕陽丘にある囲碁教室へ行った。
正午過ぎに、和室の教室で倒れているのを、教室の主宰者の妻が発見した。
当時、囲碁教室には悠太のほかに生徒は2人だけで、囲碁で遊んだり、おしゃべりをしていたという。

両親にとっては最愛の一人息子で、泣きながらの話のうえに、動揺が激しく、とても詳しい説明を聞き取る
のは無理だったので、和田は、この日の事情聴取をいったん諦めざるを得なかった。

両親と入れ替わりに、和服姿の中年男が呼ばれ、部屋に入れられた。
男は、白川玄治という八段のプロ棋士だった。

「悠太君が、こんなことになって」と白川は、しばらく黙りこくっている。
「白川さん、悠太君は、あんたの囲碁教室の生徒だったそうですな。悠太君が倒れているのを見つけたの
は、奥さんだったとか」
「はい。家内が昼食の用意をして、教室にいる子どもたちを呼びに行って、悠太君を見つけました。
私も、家内の叫び声を聞いて、教室へ行ったのですが、どうしていいのか分からず、とにかく119番を
しました」
「囲碁教室と言うと」と和田が尋ねる。
「私の自宅の一階が囲碁教室になっておりまして、二階が夫婦の居室です。
教室は毎日、午後からで、小学校以下の児童の子ども教室、中学生以上の養成コースに分けています」

白川の説明によると、毎日午後5時までが小、中学生、それ以降は一般の自由対局にしているが、
その時間制は厳密なものではない。
正午を過ぎると、暇な老人や主婦なども教室に顔を出し、小学生の相手をするし、子どもたちも午後8時の
閉店まで盤面に向かっていることが多いという。
この日は、二月の受験シーズンの最中であることと、朝から寒さが厳しかったので、白川夫妻は教室に来る
人数は少ないと予想していた。
その予想通りで、昼までに教室に来たのは小学五年生と三年生の姉妹、それに悠太だけだった。

「と言うことは、教室には三人の子どもだけだったと」

「そうですね」と、白川は頷いて「うちの教室には、毎日、だいたい三十人ほどが通ってくるんですが、
ほとんどが午後三時ごろからでないと顔を見せません。早く来ても相手がいませんしね」
和田は、横山にメモを命じながら「悠太君は、どんな子だったんですか」と、白川の顔を見る。

「悠太君は、明るくて素直な子でした。それよりも、碁は天才と言ってもよいほどの、驚くような才能があり、
将来は間違いなくプロになれたでしょう」
「天才、ですか。へえ。ところで、ここでは食事も出すんですか」
「はい、子どもたちには、家内がサンドイッチやケーキをサービスしています。今日はうどんのようでしたけ
ど。しかし、教室には悠太君だけしかいなかったようで、ほかの二人は外で遊んでいたようです」
「うどん、ね。そうですか。うどんなら喉を詰めることもないし、悠太君は、食べてなかったんですな。
いや、いろいろと話を聞かせてもらってありがとうございました。
また、あらためてお話を聞くかもしれませんが、ひとつ、よろしく」。

和田がそう言って部屋から出ようとすると、
白川が「あの、刑事さん」と呼び止め「私どもに何か責任があるのでしょうか」と、不安そうな声を出した。

「責任? 多分ないと思いますがねえ」と和田は苦笑いを見せた。

作家 津島稜