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天才少年殺人事件(2)

谷町署へ戻った和田らは、宮下に「課長、幼稚園の男の子が、何か丸いもんを飲み込んで、窒息したみた
いですな。硬貨かボタンのようなもんやと思います。過失死と見ました」と、簡単に報告した。

「過失死か。事件性はないんやな」
「そうと思います。念のために、明日、解剖の結果を待ちますけどね」
「ワーさん、過失死やったら、それでええわ。うちの管内で殺しなんか要らんからな」
宮下は、それ以上詳しいことを聞こうともせず。机の上の書類に視線を戻す。
それを見ていた和田は「おい、横山、念のために現場をもう一回、見とこか」と、横山を促して刑事課の部屋
を出た。

「主任、囲碁教室へ行くんですか」
「まあ、散歩代わりにな。囲碁教室は明日や」
「散歩代わり」
「課長のしようむない顔をみてるより、その辺で熱いコーヒーでも飲もうやないか。あんな部屋におるより、
よっぽどマシやろ」和田は、呆れている横山を気にもせず、コートの襟を立てて歩き出した。

翌日の昼過ぎ、警察病院を訪れた和田と横山は、昨日会った医師から、悠太の解剖結果を聞いた。
「喉と胃から、碁石が見つかりました。白石が2個、黒石が1個、喉に詰まっていたのは白石です」
「碁石、ですか」和田は、驚いたような表情になる。
「そうです。碁石です。死後、間もない遺体でしたので、ほかに死因は見当たりませんでした。
窒息死に間違いないでしょう」
医師から、解剖写真を見せられて、和田は「なんぼ、子どもやいうても、碁石は食べんやろ」と、横山と顔を
見合わせた。
横山も相槌を打つ。
「おい、囲碁教室へ行こか」和田は、医師に礼を述べてから、白川の囲碁教室に向かった。

天王寺区内の住宅地にある白川の家は、こぢんまりとした外観で、囲碁教室という小さな看板がなかった
ら、普通の民家と変わりがない。門の脇に立つ喬木が、冷たい風に吹かれて、小刻みに揺れている。
和田らが玄関から入ると、白川が応対に出て「ああ、刑事さん。また何か御用ですか」と、
少し神経質そうな表情をしたが「寒いですから、どうぞ、お上がりください」と二人を招じ入れた。

「お邪魔します」と和田らは靴を脱いで、玄関脇の狭い応接室に入った。
「実はね、白川さん」
和田が、そう切り出すと白川は緊張した様子を見せる。
「悠太君は、碁石を飲み込んだようなんです」
「えっ、碁石を」
「そうなんです」
「何で、また」
「われわれにも分かりません」
三人ともしばらく黙った。

「白川さん、現場、というか、教室を見せてくれませんか」
「現場」という言葉に、白川は露骨に嫌な顔をしたが「まあ、どうぞ」と立ち上がり、応接室からすぐ奥の襖を
開けた。

教室は、八畳と六畳の和室を解放した広い部屋で、碁盤がずらりと並べられてある。
中では十人ほどの子どもたちが碁盤の前に座り、対局していた。
それと四、五人の年配の男が、それぞれに対局したり、子どもたちの碁を見たりしている。
子どもたちは声を出して、身体を動かしたりしていたが、白川らの姿に気づくと、静かになった。

「悠太君が倒れていたのは、どのあたりでしょう」
和田は、部屋を見回して白川に尋ねた。
「あの奥の、床の間の前です。家内が見つけて、私も確認しています」
白川が手でその方を示すと、ちょうど床の間の前に座っていた少女が立ち上がり、白川らの前にやって来
た。

「先生、悠太はどうしたの。死んだの?」
意外と少女は背が高く、身長の低い和田の首辺りに頭が届く。
「沙代(さよ)華(か)ちゃん。悠太君のことは忘れてあげなさい」
白川に肩を叩かれ、少女は何も言わずに背を向けて、床の間の前の席へ戻っていった。
「あの子が、昨日、悠太君と一緒にいた子です」
白川の言葉に和田は「ほう」と頷き、しばらく少女のほうを見る。
「白川さん、もう少し、話を聞かせてもらってもよろしいか」
和田が小声を出した。
「は、まだ何か」
白川は迷惑そうな口調になったが、仕方なさそうに、再び応接室のドアを開けた。
「白川さん、悠太君が死んだことをみんなに言ったんですか」
和田の問いに白川は「いえ、そんなことを私は喋っていません」と慌てて首を横に振った。
「でも、あの子は、悠太君が死んだのかと言いました。病気とか、そんなことを何も言わずに、いきなり
死んだのかと」
「そうですね。しかし、悠太君が死んだことは、教室のみんなが知っていましたよ。
家内も何も喋っていませんが、救急車や、悠太君の両親がここへやって来たことなんかで騒ぎになったの
で、誰かから聞いたのと違いますか」
「そうですか」
和田は、しばらく考え込む。

「それよりねえ、刑事さん」
白川が、あらためて沈痛な表情になった。
「昨日も言いましたが、悠太君の碁は天才的で、この教室ではもちろん、全国的に見ても、子どもの世界
ではトップクラスの実力がありました」
「それは、惜しいことをしましたな」
ヘボ碁しか打てない和田には、その棋力がピンと来ない。
「はい。次の日曜日に、大阪府少年少女囲碁大会が開催されるんですが、私の贔屓目ではなく、悠太君は
優勝候補ナンバーワンだと思います。この大会に優勝すれば、五月の『こどもの日』に東京で行われる
全国大会に出場できるので、私も楽しみにしていたのに」
白川は、顔を伏せ、涙ぐんでいるようにも見える。
「まだ幼稚園児なのに」

「だから、天才なんですよ」
「そんなに、凄い子だったんですか。恐れ入りますな」
「その直前に、こんなことになるなんて」
白川は、今度は本当に声を詰まらせ、ハンカチを取り出して目頭に押し当てた。

作家 津島稜