「包装」を通じ、あらゆる産業に貢献します。
>>トップページ  >>>NEWS  >>短編小説TOPページ
 ・新商品情報
 ・エンゼルコフィン
 ・ほかんくん
 ・宮下隆二のコラムTOP
 ・津島稜の世相を斬るTOP
 ・最新のNews一覧
 

天才少年殺人事件(4)

ベテラン補導官の報告によると、悠太に碁石を飲み込ませたのは、沙代華だった。

この春から六年生になる沙代華は、全国子ども囲碁大会の小学の部に出場したかった。
これまで何度かチャンスはあったが、惜しいところで逃してばかりだった。
しかし、今年、強敵が小学校を卒業してしまうので、彼女は大阪府大会で優勝できると自信を持った。
そこへ、悠太が現れ「新一年生で出場したい」と言い出したのだ。
悠太はまだ幼稚園生だが、四月になれば小学一年生になる。
五月の全国大会のときは、立派に小学生になっている。
白川が、大会の主催者と交渉し、悠太が天才児童という話題性もあり、全国大会に参加させてみたいと
いう意見で一致し、悠太の参加が認められたのだった。

沙代華は(悠太が出るなんて)とショックに見舞われた。
彼女は、アマチュアでは、成人も含めてトップクラスと自信を持ち、自分は天才少女だと思っていた。
ところが五歳も年の違う悠太に、なかなか勝つことができない。
とくに、成長が著しい最近では、差がついてしまったと思い知らされている。
(悠太は、私が中学へ行ってから出ればいいのに)

沙代華は悠太を可愛い弟のように思っていた。愛くるしい顔立ちを見るとペットのようにも思える。
しかし、碁の対局になると話は別だ。(今度の日曜日、おなか痛(いた)で、病気になったらいいのに)と、
この数日は、ずっと願ってきた。
彼女は、少女向けのマンガや雑誌で、呪いのかけかたを調べたこともある。

そして、二日前、妹と一緒に囲碁教室へ早めに出かけたら、悠太だけが教室に来た。
沙代華は、妹を外へ遊びにやり、悠太を床の間の前へ呼んだ。
「悠太。白石は何で出来てるか、知ってる?」
悠太は「白い石やろ」と、あどけない顔で答えた。
「違う。ハマグリ。あの、美味しい貝のハマグリ。それにな、黒石は黒飴なんだって」
「ふうん。姉ちゃんは賢いなあ」
「そやから、これを食べたら、碁がもっと、もっと強くなるんよ」
そう言って、沙代華は碁笥(ごけ)から白石を1個つまみ出して、自分の口の中へ入れた。

「さあ、悠太も食べなさい」
目を白黒させている悠太に、沙代華は「さっ、早く」ときつい口調で命令した。
彼女は口の中に含んで見せたが、白石を飲み込むフリをしただけだ。

悠太は「うん、食べる」と素直に頷いて、白石を本当に飲み込んでしまった。
悠太に変化が見られなかったため、沙代華は「今度は黒石」と、黒石を1個、彼に差し出した。
悠太は、怪訝な顔をしたが、沙代華に睨まれたので、それも無理に飲み込んだ。
彼は変な顔をしたが、身体に変化は起こらない。
さらに彼女は、白石をつまみ「さあ、ハマグリ」と、またもやきつい口調で命令したのだ。
その白石を口に入れた悠太は、突然「ゲッ」と呻き声を上げ、苦しそうにもがき始めた。
その様子を見ていた沙代華は、悠太を放っておいたまま、外へ出たという。

そこまでの話を補導官から聞いた和田らは「何ということを」と絶句してしまった。

「沙代華という子は、殺すなんて意思はなかったと思います。おなか痛で、悠太君が病気になればと
考えたようです」
「しかし、五年生にもなれば、石を飲み込んだら危ないことぐらい分かるやろに」
「彼女は、ハマグリだから大丈夫だろうと思った、と話しています。一週間もすれば治るだろうと。
彼女は、料理が好きで、ハマグリを食べたこともあるそうです」
その補導官の言葉に、和田も宮下も黙ったままだ。

沙代華は、谷町署で補導され、家庭裁判所へ送られて、近いうちに処分を受けるだろう。

週が明けた月曜日、和田と横山は本間家を訪れた。
正式の家宅捜索ではないが、沙代華の部屋を見ておきたかったのである。
本間夫妻は落胆と焦燥で、声をかけるのも気が引けたほどだ。
二階の沙代華の部屋は、何も手を着けられていなかった。両親も滅多にこの部屋に入らないという。
碁盤のセットが机の上にあり、周囲にはぬいぐるみや勉強道具が置かれた、女の子らしい部屋だ。
机の中や、タンスの引き出しを丁寧に調べていた和田は、ベッドの下を覗いた瞬間「うっ」と呻き声を
出した。
「どうしたんですか、主任」
横山が心配そうに寄ってきた。
「嫌なもんを見てしもた」
そう言って、和田が取り出した物を見て、横山の顔にも戦慄が走った。

和田が差し出した物はパンダとシマウマの小さなぬいぐるみだった。
だが、それらの身体には「悠太」という文字がマジックペンで書かれ、その両方の腹部に針が何十本も
刺されていたのである。
「パンダとシマウマか。どっちも白と黒の模様や。碁と一緒や」
和田は、茫然と立ちすくんだ。
「呪いをかけてたんですな」
横山の声もかすれている。

本間家を出た二人は、ともに無言のまま、北風の吹き抜ける道を歩いた。
谷町署が近づいた寺院の並ぶ坂道に入ったとき、和田が「なあ、横山。ワシらの仕事は因果なもんやなあ」
と呟いた。
「はあ」
横山も低い声だ。
「宮下課長が望むように、事件性無しの過失事案にしとけば、よかったか」
「いや、そんなことはありません。主任が、沙代華の『悠太は死んだの?』というひと言を見逃さなかった
点には頭が下がりました」
「そうか…そんなことに頭を下げんでもええ」
「おそらく、囲碁教室のみんなが、悠太君の死を知ったのは、沙代華が話したからでしょう」
「そうかもな」
「そう言えば、囲碁大会は昨日(きのう)でしたね。沙代華は残念やろうなあ」
「どっちの子も可哀そうや…おお寒む」。
和田は、肩をすくめる。横山も肩をすくめて和田の後ろに続いた。

「凍りそうな寒さやけど、ワシの心はもっと冷たい。横山、嫁さんもろうて、子どもができたら、
上手に育てなあかんぞ」
和田は、横山を振り向きもせず、野太い声でそう言った。

                                                            (了)

作家 津島稜