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黄色のカポック(3)

「あらっ」と、ゆかりが明るい笑顔になり秀博を見る。

「それでえ、秀さんは黄色いセーターを着ているの?」
「え、何で」
「だって、ゴ(碁)は5だから黄色でしょ」
「え? ハハッ、これは偶然だよ」
マスターも「何や、ダジャレかいな」と笑い声を出した。

「フフッ、私もバカなことを言っていないで、作戦を考えなきゃ」
ゆかりは、隣の友人と顔を見合わせ「お酒もあんまり飲んじゃダメね」と笑い合っている。
「作戦を考えるの」
秀博は再び質問の矛先をゆかりに向けた。

「そうよ。何号艇になるかは前の日にならないと分からないからね。内側になればスロー発進だし、外側なら
どの辺りまで助走距離を取るとか、いろいろ考えるのよ。競争相手の作戦も読まなくちゃならないし。
普通3号艇までならスロー、4号艇からはアウト発進になるから、エンジンやペラも調整も大変」
「エンジン? ペラ?」
秀博は次から次へと質問をする。
「モーターボートだから、エンジンがすべてなの。抽選で支給されたエンジンを自分の走り方に合うように
分解したり、部品を交換するのよ」
「へーっ、自動車の整備士みたいだ」
「そうよ。それと、ペラ。ペラはプロペラのこと、舟だからスクリューね。これの曲がり具合とか羽の厚さ
なんかをハンマーで叩いて調整しなければならない。これがまた難しい」
「大変だね。三周回るだけなのに、そんな複雑な技術がいるのか」
「単純だから難しい。ボートレースは奥が深いのよ」
「へえ」と秀博は感心させられるばかりだ。

「さ、私たちはもう帰ろうか。週が明けたらレース場から外出禁止だし、外部との接触も厳禁になるからね。
モーターとペラが決まったら早速調整だし、スタートタイミングを合わせるために試走を繰り返さなくちゃ
ならないのよ」

「いやあ、恐れ入った。ゆかりさんは凄い」
「ボートレーサーは皆そうよ。プロは厳しいの。あ、秀さんもプロ棋士でしょ。頑張ってね」
「うん。僕も来週、尼崎の競艇場へ応援に行くよ」
「ありがと。じゃあ、これも何かのご縁だから、観覧席のチケットをあげるわ。でもお金を沢山賭けちゃダメだ
よ」そう言って、ゆかりはバッグから特別観覧席のチケットを秀博に手渡した。
「じゃあね。マスター、今日はありがとう」ゆかりと友人はニコニコしながら店から出て行った。

翌週の火曜日の昼過ぎ、その日は棋院での対局がなかったので秀博は尼崎競艇場へ行ってみた。
入場口から観客用の巨大なビルの中に入ると、雑多な人々で混雑していた。
年配の男性が圧倒的に多い。
ほとんどの人が立ったままで、フロアの上に掲げられたオッズを示すモニター画面を見たり、
ぶらぶらと歩き回る姿はあまりマナーも良さそうではない。

秀博はガードマンのような姿をした案内係の男に特別観覧席への入場口を教えてもらって、
建物の上層階にあるフロアに入った。
客席は、彼が想像していたよりはるかに広く、百席ぐらいが一列に並び、それが十段以上あるようだ。
前面は総ガラス張りで、水を湛えた大きなプールのようなレース場がすぐ下に見える。

案内係の女性にもらった出走表を見てみると第8レースと12レースにゆかりの名前がある。
すべて女子選手ばかりのレースで、この日が初日だった。
その名前の横に細かい数字がいろいろ並んでいる。
秀博には何のことか分からないので首を傾げていると、ファンファーレのような音楽が場内に響いた。
それはレース開始の合図で、6艇の小さなボートがレース場に登場した。

第7レースが始まるようだ。ターンマークと呼ばれるブイのあたりを各艇はゆっくりと動いている。
秀博には選手同士の駆け引きは分からない。
しばらくすると、たしかに内側の3艇はスリット(スタートライン=水面にラインは印されていない)に
近い位置で、外側の3艇は、かなり後ろの方から動いてきた。

爆音を響かせて6艇がスタートし、凄い勢いで200メートルほど離れたブイを目がけて突進していった。
(なるほど、これは水上の格闘技だわ。とても女の子とは思えん)と秀博は目を瞠った。

コーヒーを飲んだり案内パンフレットを見ているうちに第8レース開始のアナウンスが流れた。
ゆかりは3号艇である。
前のレースと同様の動きで6艇がスタート位置につき、赤い3号艇は内側から3番目で、ゆかりが説明して
くれたスローで発進した。各艇はスリットを猛スピードで通過し、3号艇は他の艇より速いように見え、
そのままブイに向かっていった。クルリとターンをして反対方向に向かったが、そこでは白い1号艇のほうが
前を疾走して、そのまま3周を回り終えた。ゆかりは4着だった。

「へえ、難しいもんだなあ」と、秀博は思わず呟いた。
ゆかりが次に登場したのは最終の12レースだ。今度は5号艇である。
各選手はカポックと呼ばれるレース服を着ており、ゆかりのボートの先端に付いている小さな旗もカポックも
黄色だった。
秀博が後で知ったことだが、カポックとはインドネシア語で、大きく育つ落葉樹の名前。
その実の繊維が撥水性に優れることから、海での救命胴衣に使われている。
水難事故を防ぐため、ボートレーサーが競技のさいに着用する胴衣の代名詞になったそうだ。

「お、黄色の勝負服だな」と、秀博は口に出した。
「碁だから5の黄色」とゆかりが話していたのを思い出し、彼は舟券を買ってみようという気になった。
しかし、英次は、盤面で4、5目、おそらく4目だろうが、黒の地が多いと計算していた。
3連単方式や競馬のようなマークシートの記入の方法が分からず、案内係の女性に教えてもらうなど
ひと苦労したが、秀博は5番を一着にした舟券を買うことにした。
1枚100円単位で購入するので、3連単だと20枚になる。
彼は2000円で買おうとしたが「せっかく5番なんだから、思い切ってゆかりさんで勝負だ」と、
ちょっと迷ったあと、先週の対局料として受け取っていた2万円を券売機に挿入した。
1点あたり1000円だ。

「負けてもいいから、思いっきり走ってくれよ」発走のファンファーレが響き渡ると、ギャンブルに興味が
なかった秀博でも興奮してくる。
各艇はスタートの体勢を整え、5号艇は内から5番目ではなく4番目のコース取りになった。
5号艇だから5番目とは決まっていないようで、ゆかりはひとつ内側のコースで「カド」と呼ばれる位置だ。

スリットの直前で、5号艇は内側の3艇より前に出ており、そのままの勢いでターンマークを鮮やかに先頭で
走り抜けた。

「おっ、凄っ」秀博は歓声をあげた。
5号艇は他の艇をグンと引き離し、悠々とゴールイン。

「やったあ」秀博は歓声をあげ、小躍りして喜んだ。

払い戻しは50倍以上の金額が表示されている。
彼は、的中舟券を換金しようとしたが(いや待てよ。これはゆかりさんにプレゼントしよう)と思い直し、
財布にその舟券をしまいこんだ。

作家 津島稜