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首相の第一着(1)

東京・大手町の新日本新聞本社の政治部長席で、才藤は胸のポケットから、着信音がする携帯電話を
取り出した。発信先は公衆電話と表示されている。

「もしもし」と応じると、電話の相手は麻江首相だった。

「よお、サイちゃん。久しぶりだね。なかなか連絡できなくて申しわけない。突然だけど、今夜は時間がある
かなあ」
「これは、総理。公衆電話からですか」
「うん。官邸や自宅からでは電話をしにくいんでね。で、どお、晩メシでも付き合ってくれよ」
「はあ、それはもちろんですが」
才藤は、簡単に時間と場所を言って、すぐに電話を切ってしまった麻江首相の顔を思い浮かべた。

少々白髪が目立ってきたが、憎めないような小さい目やエラの張った顎のあたりは、若いころのままだ。
その顎に最近はヒゲをたくわえている。
理由は、女性議員の間で、あまり評判の良くない顎を隠すためなのか、
あるいは威厳を演出しようとしているのかもしれない。

知り合ってから、もう二十年近くになる。才藤が政治部に配属され、内閣記者クラブの新顔だったころ、
当時、衆議院保守党の法務委員だった麻江代議士と知り合った。
ともに国会内では新人だったこともあり、何度か議員食堂などで顔を合わせるうちに親しくなった。
今年還暦を迎えた首相が、才藤より十歳上になる。

麻江代議士は、これまで一度落選したことがあるが、それを除けば毎回の総選挙で上位当選を果たしてき
た。この十年間で、順調に党の要職を歴任し、知名度も上がって他党からも一目置かれる存在になってい
る。地元での地位も確固たるものになったようだ。彼の地盤は、遠くに富士山が見える山間の農村地帯で
ある。秋が深まってきたこの季節、紅葉の美しい景色の中で、稲刈りが始まっていることだろう。

才藤も、政治部で官邸キャップ、国政担当デスクなどを経て、二年前から政治部の部長に昇進した。
その間、何度かスクープを飛ばしたこともあるが、肝心のポイントは麻江代議士からの情報で助けられた。
客観的な事実による事件報道とは異なり、政治部記者の取材は、人間の口から出る話によるため、
議員の思惑や政党の世論操作に利用される危険がある。
「日本のマスコミは、政府や官公庁の広報機関になっている」という批判が、才籐の耳には痛いところだ。

新日本新聞の政治面が、中立で誤報が少ないという評価を保っているのは、麻江代議士と才籐が、
ともにそれぞれの組織の中枢にあり、互いの性格や人格を知り、信頼し合っていることから、
的確な報道ができたからにほかならない。
たまたま二人とも酒が好きで、若いころから居酒屋あたりで酒を酌み交わしてきたし、
囲碁という趣味も共通していたため、親しくなるのに長い時間がかからなかったと言える。
数年前から麻江代議士は才藤のことを「サイちゃん」と呼ぶようになった。
それだけ二人の間が、親しい友人関係になっているということだ。

三年前の総選挙で、与野党の勢力が逆転し、日本は二大政党の時代に入ったと言われた。
だが、政権を奪って登場した新首相は、内政、外交、経済政策などでことごとく迷走したため、
一年を待たずに辞任。
その次の首相も、大震災と大津波、原子力発電所の事故という未曾有の国難に直面したが、
無責任な言動や利己的な保身に固執するという正体が明らかになり、早々と辞任に追い込まれた。
そして、その次の首相も指導力が皆無という有様で、最後に白羽の矢が立ったのが麻江首相だった。

大災害の復興はもちろん、経済、外交などの重要課題が山積し、日本は海外からの信用を失いかけるとと
もに、政府に対する国内世論も最悪の状況になってしまった。

麻江内閣も短命と予想され、政局は混沌とし、予断を許さない。
今国会中に内閣不信任案が提出されるのは必至で、内外の注目は首相がいつ衆議院を解散するかの
一点に集中している。

「総理、大変なときに就任されましたな」
才藤は、組閣直後の写真撮影が終わってから、首相官邸のトイレで顔を合わせた麻江首相に声をかけた。

そのとき「どうせ、誰かが命を捨てなくちゃならないからね」と、首相は「連れション」で横に立った才藤に、
こともなげに笑顔を見せたものだ。

 
作家 津島稜