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首相の第一着(2)

その日以来、麻江首相とプライベートで会ったり、話をすることは不可能に近くなってしまった。
才藤は、首相個人の携帯電話の番号も知っていたが、何度呼び出しても不通で、自宅の電話も最近では
留守電状態のままになっている。とくに首相になってからは、直近で顔を見ることも難しい。

新聞社には「首相番」と呼ばれる専属の記者がいる。
しかし、彼らにしても内閣官房から首相の予定を知らされるだけで、個人的に取材をすることはほとんど
できない。首相の記者会見は各社そろっての共同記者会見があるが、質問内容はある程度、
事前に官房長官に知らせてある。また、最近は定例ではなく、不規則な会見になることのほうが多い。
それは、大震災や原発事故の影響で、首相には突発的な判断を迫られる場合があるからだ。

首相番記者にしても、毎朝、顔を合わせても「おはようございます」程度のひと言を交わすぐらいで、
官邸は厳重な警備体制のため部外者の立ち入りは不可能。
外出や移動のさいは警視庁のSP(特別警護官)が首相の前後左右をガードし、一般人はもちろん、
新聞記者などマスコミも近づけない。

才藤は、警視庁の警備・公安担当のベテラン記者から「首相官邸は最新鋭の警備システムで守られている
し、首相のプライベートも完全に監視されている」という話を聞いたことがある。

そのベテラン記者の話によると、官邸の電話やパソコンのメールは記録されているし、
首相の自宅の電話も盗聴されている可能性があるという。
盗聴というのは穏やかではないが、脅迫や嫌がらせなど、大げさに表現すれば、国防上の必要からも
発信者とその言葉を記録する必要があるらしい。

「盗聴って、本当?」とその記者に質問すると「さあね、多分そうでしょうな」と苦笑いが返ってきた。

五十歳になった政治部長といえども、才藤はまだ現役の取材記者という感覚から抜け切れない。
部長のその姿勢は、部下から見ると頼もしいところもあるが、デスクやキャップ連中にしてみれば有難迷惑
なことのほうが多いというのが本音だろう。

親しい友人といえども、気軽に電話やメールを送るのがままならないのは、不都合である。
まして、政局が緊張しているこのときに、直接話を聞く、つまり取材ができないというのは、新聞記者として
もストレスが溜まる。

才藤もそうだが、どのマスコミも、いま最も首相に聞きたいのは、衆議院解散の日がいつかという
質問以外に無い。解散の日をキャッチするのは、マスコミにとって最重要であるとともに、日本の政治、
経済はもちろん、そのほかあらゆる分野に影響を及ぼすため、新日本新聞政治部は絶対に他社に
抜かれるわけにはいかない。

首相との「ホットライン」が不通になっているのに頭を痛めていた才藤が思いついた連絡方法は、
手紙だった。携帯電話やメールという近代的で便利な連絡手段がない状況では、手紙という古典的で
簡単な方法が、第三者の目に触れないからと考えたからだ。
まさか、SPも封筒の中身までは検閲しないだろう。
もし、そんなことが発覚すれば、公然と通信の秘密を侵すことになり、憲法違反という由々しき問題になる。

才藤は「梅本ひろ志」という名前で、麻江首相の自宅に手紙を送った。
「梅本」というのは首相夫人の旧姓であり「ひろ志」は、首相と才藤が若いころによく行った西銀座の
居酒屋の屋号である。これなら、首相も才藤からの手紙だと笑うだろうし、万が一、夫人に開封されても、
文面に誤解を招かないように、丁重に非礼の詫びを記してある。

その手紙の要旨は「解散の日を前もって必ず教えて欲しい」というだけの単純、厚顔なものだった。
国会議員は当然だが、官公庁、地方議員、財界は総選挙の結果しだいではそれぞれが大きな影響を
受けるから、解散日については異常なほど神経を尖らせる。
解散から公示、投票までの間、議員は一日でも早く選挙活動に入りたいし、
企業は対応に追われるもので、この間の一日の差は大きい。
まして、前もって解散日が分かれば、水面下の活動で、優位に立つことができるからだ。
新聞社としても、予想記事は書けても、もし日付を間違えば社内、外で大問題になるため、断定した報道で
絶対に誤報は許されない。
才藤は、それを百も承知だから、確実な解散日のスクープを狙っている。

作家 津島稜