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首相の第一着(4)

「あ、サイちゃん、ちょっと待ってくれ」
首相が、黒石を持った才藤の手を止めた。
「今日は、僕が先手で打つよ」
「はあ?」
その意味が理解できずに問い返した才藤を無視して、首相は白石を持ったまま盤面に視線を落とした。
「総理、白番が先手なんて聞いたことがありません。先手は黒番というのが決まりですよ」
「気にするな。今日は白番が先手だ」
「そんなバカな」
不審そうな表情から、呆れたような表情になった才藤を無視して、首相はしばらく考えてから
「この大事な時期に、第一着を黒星でスタートしたくないんだよ」と、白石を盤面の中央付近に打ち下ろした。

「黒石が、黒星ですか」
才藤は、首相が縁起をかついだものと苦笑いをしたが、盤面の第一着は、これまた常識をはるかに
超えたものだった。

「うむ」とその白石を見つめる才藤の前で、突然、首相が立ち上がり「サイちゃん。僕はこれで失礼する。
その手をよく考えておいてくれ。それから料理はちゃんと食べてくれよ。もったいないから」と言い残して、
さっさと襖を開けた。

「ええっ?」
呆然とする才藤が、後姿を追おうとすると、襖の陰から数人のダークスーツ姿の男が現れ、首相を取り囲ん
だ。SPたちだ。同時に庭のほうからも音がして、喬木の陰から二、三人の男が首相の後ろに続く。

才藤は(なるほど、これではプライバシーは無いわ)と、溜息をつかずにはいられない。
座敷にひとり取り残された才藤は、あらためて盤面の白石を見た。
碁に詳しい者であれば、高段者でも初心者でも、たいてい第一着は四隅の星の周辺に打つものだ。
それが、首相の第一着は盤面の中央、天元より一路斜め上にある。

「はて」
才藤は、手を伸ばしてビールグラスを持ち(それにしても、立派な碁盤だなあ)と思い、盤側の装飾に目を
遣った。手前には孔雀が羽を広げているような模様が描かれてある。
左側の模様を見ると白い虎、右側は青龍だ。(ということは)と立ち上がって反対側を見ると、
案の定、亀と蛇のような姿は玄武だろう。この碁盤は四神によって守られているということか。

才藤は、そんなことを思いながらビールを飲み干した。(青龍、朱雀、白虎、玄武ということは、
俺が座っているところが下座、つまり、俺は正面を向いているわけだ)

ビールを勝手にグラスに注ぎ足し、何杯かを空にしたところで、才藤は、首相の第一着の意味を考え出し
た。(天元にも打たずに、こんなところへ打つなんて)と意図が分からないが、もう一度、その白石の位置を
見て(これを棋譜に記録したら、わが社の囲碁担当記者はどう言うだろう)と可笑しくなってくる。

この石を棋譜で読み上げるとすると「11の九」になる。(11の九か)
そう思って、才藤は「11の九、ということは、待てよ、11の九は十一月の九日か」と思わず口に出した。

「そうか、十一月九日。今日が十月二十七日だから、あと二週間後ということになるな。この国会の終わる
五日前だ」
才藤は、麻江首相が、襖の陰で聞き耳を立てているSPに分からないように解散日を教えてくれたことに、
やっと気づいた。国会の閉幕直前に野党が内閣不信任案を提出すると予想されるので、首相はその前に
勝負に出ようという腹らしい(ありがとう、総理)才藤は、その白石をもう一度確認してから碁笥に戻した。

新日本新聞は、早速、衆院解散に向けた報道体制を整えることができる。
このXデー情報は、直前まで才藤の胸の中に仕舞っておくが、編集、販売、広告など各局への指示、
当日の号外体制の準備といった作業にも不安が無い。

(久しぶりの、スクープになる。十一月九日の朝刊トップの見出しは『今日、衆院解散』か)と、
才藤の顔には自然と笑みが浮かぶ。

(この情報を、スポンサー企業や、議員連中に教えたら喜ぶだろうな。株価にも影響が出るし、事前の選挙
運動でも有利な作戦が立てられる)と、一瞬、怪しからぬ考えが脳裏をよぎったが、すぐに麻江首相の顔を
思い出した。

「総理、フェアにいきますから、ご安心を」才藤は、新聞記者の本分を忘れることはない。
無責任だったり、余計な記事は掲載せず、正々堂々とした報道姿勢を守って、その日が来るのを待つこと
にする。

首相が出て行って、開け放たれたままの襖に向かって頭を下げてから、才藤は立ち上がった。
狭い庭のはるか上に、満月が白く輝いている。それは、首相の打った第一着の白石を連想させた。

(了)

作家 津島稜