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赤いネクタイ(1)

南紀の白浜に近い駅で降りた和代は、
改札口を出るなり「バッカじゃないの、ヒロシったら。私のこと、全然分かってない」と
大きな独り言を口に出した。

小さい駅で乗降客もほとんどいなかったため、誰も和代の独り言を聞いてはいなかっただろうが、
もし、誰かがそれを耳にして、彼女の顔を見たら、少なからず異様さを感じたに違いない。
つけ睫毛とマスカラが半分以上ズレ落ちて、ラメの入った紫色が瞳の周りに滲んでいる。
彼女には失礼だが、タヌキとどちらが可愛いか、判断し難い顔になっているようだ。

改札口の外は、晩夏の夕暮れが忍び寄っていた。
もうすぐ夏も終わる。

「あーあ」
和代は海に向かって歩きながら、コンビニから失敬してきた麦藁帽子を脱いで、それを振り回した。
侘しい駅前の風景も、古びた舗装道路の匂いも、彼女には、わけもなく切ないだけだった。

大阪・ミナミのコンビニで一ヶ月以上続けたアルバイトが昨日終わった。
午後六時に信用金庫の封筒に入れられた二十万円以上の報酬を、
店長から「ご苦労さんでした」と形式的な言葉と一緒に受け取った。
和代にしてみれば予想外に分厚い封筒を手にして「有難うございます」と、笑顔を見せ、
すぐに店を出てヒロシに携帯を入れた。

「ヒロシ? アタシ、和代。今どこにいるの」
「俺か、通天閣の下や」
「じゃ、そこで待ってて。七時には行くから」
「えー」
「いいやんか。美味しいものでも食べよ。二人で」
「そやけどなあ」
そんなヒロシの返事を無視して、和代はタクシーで通天閣まで行った。

意外に道は空いていて、ものの十分ぐらいでタクシーは通天閣の下に到着した。
千円札で釣りを受け取っている和代のすぐ前でヒロシが、茶髪の女の子と笑いながら話をしているのを
見てしまった。
ヒロシは、全然気づいていない。
まさか始末屋の和代がタクシーで来るとは思っても見なかったのだろう。

「サユリ、あいつとは別れるし、ちょっとだけ待っててくれ。俺も、あいつは鬱陶しいんや。
今からすぐに別れたら電話入れるわ」
茶髪の女の子は、片手を胸の前で振って、ミニスカートのお尻を振りながらヒロシの前から去っていった。

(ウソ、何、あの女)

タクシーの後部座席でその様子を見て、聞いた和代は、運転手がドアを開けても降りるのを躊躇した。

ヒロシは、その茶髪の彼女を見送ってから、タバコを取り出し、いつものしかめっ面で周囲に視線を
巡らしている。

和代は、タクシーの運転手に「ごめんなさい。もうちょっと向こうまで乗せてくれますか」と言って、
座席で顔を沈める。初老の運転手は、無言で不機嫌そうに百メートルほど走ってから車を止めた。

「どこまで行きゃはるんや。また、メーターを入れまっせ」
「あ、ここでけっこうです」和代は、天王寺動物園に近い路地でタクシーから降りた。

そこから通天閣の下へ歩いて行くと、ヒロシが「おう、和代。早かったな」とくわえタバコで近づいてきた。
「早速やけどな、ちょっと、金貸してくれや。お前、バイト代が入ったやろ」
ニヤニヤした目尻の下がった顔。あらためて見ると、長髪も不潔そうで、耳のピアスも似合っていない。
和代はもちろん不機嫌である。

「誰やのん、あの子」
「え?」
「あのミニ穿いた女や」
「何のことや」
そう言ったヒロシの顔を見て、和代は自分でも不思議なくらい、この男に対する思いが一気に冷めた。

「お金なんか、あらへん。帰るわ」

そのあとは殆ど覚えていない。
ヒロシがすがりつきながら、何事かしきりに話しかけていたことぐらいは、ぼんやり記憶がある。
とにかく彼の手を払いのけ、和代は涙を流さずに泣き続けて、今宮戎神社の裏にあるアパートへ帰った。

作家 津島稜