「包装」を通じ、あらゆる産業に貢献します。
>>トップページ  >>>NEWS  >>短編小説TOPページ
 ・新商品情報
 ・エンゼルコフィン
 ・ほかんくん
 ・宮下隆二のコラムTOP
 ・津島稜の世相を斬るTOP
 ・最新のNews一覧
 

赤いネクタイ(2)

和歌山の農家で育ち、十六のときに親と喧嘩した挙句、高校を中退して家出、大阪へ出てきた。
あれから四年以上になり、来月で和代は二十一歳だ。
これまで、何人ヒロシのような男と付き合い、そして同じように別れたことか。
(もう嫌や、死んだろうか)というセリフも、何度も心の中で呟いた。

その短絡的な思いが、今度ばかりは和代の胸中から離れない。
自分というものが、何であるのかを考えたこともなかったし、どの男も教えてくれなかった。

(難しいことは、もうええわ。白浜の海を見て死のう)

和代は、昨夜そう決心して、今朝からアパートを掃除し、衣類や生活用品もすべて段ボールに詰め、
カップラーメンを食べ、昼過ぎに天王寺駅から電車に乗ったのだった。

駅前の通りを過ぎると、懐かしい海の香りが漂ってきた。
和代は、自殺をする場所は、やはり海がいいと思っている。
誰に相談したわけでもないし、教えてもらったわけでもない。
テレビドラマでも、少女マンガでも断崖から飛び込むシーンが多い。
(スーッと落ちたら、気持ちもスッとするのと違うやろか)と、これまた単純な理由だった。

生家は白浜から遠くない。子どものころは円月島や白良浜(しららはま)でよく遊んだものだ。
ふと和代の頭に両親の顔が浮かんだ。
この四年間、何の連絡もしていない。(お父ちゃんとお母ちゃんは悲しんでくれるやろか)と、
初めて親不孝を実感した。
しかし、もう遅い。今日で人生とサヨナラすることが、彼女には深刻なこととは思えないのである。

遠い記憶にある道を辿っていくと、予想通り眼下に海を見下ろせる松林が見えてきた。
その先端は絶壁になっているはずだ。海から吹いてくる風が気持ちよい。

和代は、松林の間を抜け、視界が開けた小さな広場に出た。
ここが目的地、彼女の人生最後の場所になる。
夕日が水平線のすぐ上にあり、海面に赤い色を落としている。

「さあ、着いたわ」
和代がそう呟いて、草むらに近づいた瞬間、彼女は驚いて立ち止まった。
そこにスーツ姿の若い男が座っていたのである。

まさか先客ではないだろうが、何という邪魔者だろうか。その男は水平線のほうを眺めているようだ。
後姿しか和代には見えないが、男は動いたり振り向いたりする気配がない。

(どうしよう)
和代は困った。

「あの…」
和代が小さな声を出すと、僅かに男の背中が動き、そして振り向いた顔に驚きが現れている。

「あの、あんた、ここで何をしているの」
男は、戸惑ったように視線を動かせ「え。別に何も。君こそここへ何をしに来たの」と和代に尋ねる。
「え、アタシ、アタシは」と言って、和代も口をつぐんだ。
はるかに下のほうから波の音が聞こえる。しばらく二人とも無言だった。

男は濃紺のサマースーツをきちんと着ており、
淡い黄色のネクタイを締めていて、清潔な感じがする若者だった。
年齢は和代より少し上だろうか。
だが、彼の足元に靴が揃えられてあり、靴下だけの足を草の上に投げ出している。

「あんた、まさか」

和代のその言葉に、男は「君こそ」と彼女の顔を覗き込む。二人は視線を合わせたまま、動かない。

海からの風を受けていた和代は、つけ睫毛がずれているのに気づき、慌てて指先でそれを直した。
それを見ていた男の顔が微笑んだ。彼女も思わず微笑み返す。
「あんた、自殺しようとしてたんと、ちゃう?」
和代の冗談ぽい言い方に、男も緊張が解けたような顔になり「うん、君が来るまでは」と頷いた。

「アホやなあ」
「君こそ、自殺しに来たのと違うの」
「え、まあ」
そこで二人は初めて声を出して笑った。

作家 津島稜