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赤いネクタイ(3)

「あんた、何で自殺しようと思うたん?」
「僕か、うん、君には分かってもらえないよ」
「何をたいそうに。ええから言うてみて」
「君は囲碁を知っているか」
「イゴ、て何」
「やっぱりね。白石と黒石で陣地を争うゲームだ」
「ああ、あれ。五目並べの」
「うん、まあ、あの道具でするけどね」
「それがどないしたん」
「僕は、自信が無くなった。自分の限界が見えてしまったんだよ。所詮、才能が無かったんだろうな」
「何や、それ、たかがゲームのことやないの」
「たかがゲームか。しかし、僕の仕事だし、他には何も出来ない」
「そんな、しようむないことで、大の男が自殺。アホみたい」
「君にとってはそうだろうね。しかし、囲碁の世界は無限に深い。
 そんな遠い、深いところまで僕は行けないことが分かったんだよ」
「おじいちゃんなんかがようやってる、あれやろ。将棋みたいに小ちゃい木の上で遊ぶゲームやんか。
 あんなん、何で奥が深いのか分からんわ。そんな世界は狭い、狭い。あんた、自殺なんかやめとき」

和代は、囲碁のことはまったく分からないが、
この青年がそんなバカバカしいことで悩んでいるのが可笑しくなった。

「あんたの仕事は何」
「だから囲碁の棋士だよ」
和代には理解できない。

「昨日から、白浜のホテルで中国の棋士と対局している。一、二局とも負けてしまった。
明後日(あさって)はカド番で負けたら終わりだ。日本のファンに申し訳ない」
青年棋士は、和代でも知っている高級ホテルの名前を教えた。

「へえ、あのホテルで。大げさなゲームやな」
「そう言えばそうだが、テレビでも中継するよ」
「えっ、あんた、テレビに出るの」
「仕方ないだろ」

和代は目を丸くした。
テレビに出る人間とはこれまで会ったことが無い。彼女が一番尊敬する人種だ。

「君は何で自殺をしにここまで来たの」
「え、まあ、男にフラレたからかな」
「それこそ、何だ、だよ。その若さでフラレたから自殺か。愛も恋も、まだよく知らないくせに」
「何よ、偉そうに」
「偉くはないけど、男なんて五万どころか、その何倍もこれから現れるよ。それこそ、自殺なんてバカだよ」
和代は、この若い棋士の言葉に説得力を感じた。
自分の人生の中では経験したことがない妙な快感がある。
海の彼方を見ると、夕日が沈んでしまい、薄い闇が忍び寄ってきていた。

「おなか、空いたなあ。あんたもそうやろ」
和代の屈託のない口調に青年棋士も表情が変わる。

「うん、腹が減ったな」
「死ぬのは明日(あした)でもできるやん。ご飯食べに行こ。私が奢ったげる」
「死ぬのは明日でもできる、か」
棋士は笑顔を見せて立ち上がり、二人は並んで松林を離れ、駅前まで戻った。

「こんなとこ、何もあらへんから、白浜まで出よか」
和代の提案に棋士も頷いた。

「そやけど、次の電車まで一時間もあるわ」
「そうか」と言って棋士は携帯電話を取り出し、対局場になっているホテルからハイヤーを
回してくれるように頼んだ。

そのハイヤーに乗り込んだ和代は「あんた、たいしたもんやな。見直したわ」と感心している。

作家 津島稜