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赤いネクタイ(4)

白浜の街の中心街で降りた二人は、大きな看板の中華料理店に入りあれやこれやと料理を注文した。

「遠慮せんでもええよ。今度の相手は中国人やろ。思いっきり食べてやり」
和代は機嫌よさそうだ。

「そうだなあ。昨日は日本料理で、僕の相手は美味そうに食べていた。そうか、僕が食べられたのか。
 じゃ、負けるのは当然だな」
棋士はすっかり元気になったようだ。

二人の間に、自殺する直前に会ったという意識は消えてしまっている。

「さっきから言おうと思ってたんだけど、君は化粧しないほうがいいよ。若いし、素顔のほうがきっときれい」
そう言われて和代は胸がキュンとした。
そういえばつけ睫毛がずれたままだった。彼女は慌ててトイレに駆け込んで、自分の顔を見る。

(ああ恥ずかし)

タヌキにも負けそうな顔を見て、今の今まで棋士と顔を合わせていたことは、迂闊すぎるにもほどがあると
反省せずにはいられない。

「死化粧」と、おばあちゃんが言っていたことを今さら思い出しても手遅れだ。
和代はつけ睫毛もマスカラも紅も全部洗い流した。

「そのほうが、ずっといいよ」
棋士はシュウマイを頬張りながらトイレから出てきた和代に、シュウマイをすすめる。
和代が知らない間に棋士は勘定を済ませていた。

満腹になった二人は中華料理店を出て駅に向かう。その途中で洒落たブティックがあったので、
和代は「ご馳走になったお礼に、プレゼントするわ」と棋士の腕を引っ張った。

「その黄色いネクタイはやめとき。明後日も背広で勝負するんやろ」と言って、
和代は深紅のネクタイを選び、棋士に差し出した。

「ちょっと、派手すぎないかなあ」
「何言うてんの。どんな深い世界で迷うてるか何か知らんけど、アタシを信じるんやったら、
 このネクタイを締めてちょうだい。赤が勝負の色や。アタシの勝負パンツも赤やで」
囲碁が和代に理解できないように、彼女の最後の言葉も、棋士には分からない。

二日後、近所の美容室で毛を切りストレートヘアにしていた和代は、
店長に頼んで、青年アジア囲碁選手権のテレビを見せてくれるように頼んだ。

「和代さん、囲碁なんか見るの」店長も他の客も驚いている。
長い時間の番組で、店内の誰もが途中で興味を示さなくなった。
カットも終えた和代は待合用のソファに座って閉店近くまでテレビを見ていた。
もちろん、碁の内容は彼女に分からない。

ようやくテレビの解説者が「日本選手の勝ちです」と告げ、画面が対局した二人の棋士を映し出した。

勝者のあの棋士が
「厳しい碁でしたが、何とか勝ちを拾うことができました。後押ししてくれた人のおかげです」と
インタビューに答えている。

「やった、おめでとう」和代が満面の笑みを浮かべる。

テレビの画面で、棋士が首元に手をやり、ネクタイの結び目を指で何度も撫でた。
それは和代がプレゼントしたあの深紅のネクタイである。
棋士は、そのネクタイを撫でながら、はにかんだようにテレビカメラに向けた目線になり、
小さくVサインをしたようだ。
その意味が分かったのは和代だけだろう。

                                                         (了)

作家 津島稜