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白いラブレター(2)

二十年近くの昔になるが、
幸子と修介は、七条の鴨川に近い裏長屋の近所同士で、兄妹のように幼い日々を過ごした。
幸子の父親は、彼女が生まれて間もなく病死し、修介の母親は粗暴な父親に愛想をつかして
家出をしたままだった。ともに貧しい家庭で、また一人っ子同士だったので自然と仲良くなり、
食べ物を分け合ったり、銭湯へも一緒に通ったものだ。

幸子が小学校の三年、修介が五年生の夏だった。
幸子が学校から下校途中、鴨川の堤を一人で歩いていたら、五、六年生の数人の男子に囲まれ
「おい、貧乏人、お前は臭いから学校へ来るな」「汚いててなし子や、こいつ」などとからかわれた
挙句に、河原へ突き落とされた。

偶然、そこへ通りがかった修介が、幸子の泣き声に気づき、河原へ走り下りた。
男子児童が足蹴にしたり、小突いているところへ割って入り、彼女を助けようとした。
しかし、修介は細い体格で、ケンカも弱い。
逆に男子児童たちの反撃に合い、よってたかって殴り倒されてしまった。

「ざまあ見ろ。貧乏人が」「汚いもん同士で転がっとけや」などと捨てゼリフを残して、
児童たちは笑いながら走り去って行った。
目の下から血を流している修介を見て、
幸子は動転し「修ちゃん、堪忍な、堪忍な。えらい血が流れてるえ」と、傷口に唇を押し当て、
血を吸い取ろうとした。

「やめてくれ」

修介は、幸子を押しのけ、立ち上がって歩み去ろうとする。
「修ちゃん、そんなんあかん。血が流れてる」
「放っといてくれ。お前は早よ帰れ」
「修ちゃん、私の口が汚いんか」
「あほか。早よ帰れ」

そのとき、幸子は、悲しかった。
彼女がケガをしたとき、祖母が傷口を舐めてくれたことを咄嗟に思い出し、
思わず修介の傷口に唇を押し当てたのだった。彼女を助けようとしたためにケガをした。
そんな修介の、せめて血だけでも拭おうとしたことが、却って彼の気持ちやプライドを傷つけたと
分かったのは、ずいぶん時間が経ってからだった。
彼は悔しそうな顔をしていた。

「あほやなあ、修ちゃん」
そう呟いて、修介の後姿を見送ったときの、河原の草いきれの臭いが今も鮮明に記憶に残っている。
修介が中学校三年生になり、幸子も同じ中学に入学した年、全校生徒が参加した課外学習で、
霊山観音と高台寺へ行った。
大勢の生徒だったが、昼食休憩の時間に、
高台寺の前の茶店の入口で、このときもたまたま、幸子は一人で歩いてきた修介と出会わせた。

「幸ちゃん、ここで甘酒を飲もう」

幸子は嬉しかったが「先生に見つかったら怒られる」と躊躇した。
「かめへん。三十分あるし」と修介に誘われ、その茶店に入った。
甘酒はすぐに飲んでしまい、修介は「あそこで楽焼やってるわ」と店の外の一角を指さした。
そこは観光客相手の工房のようなもので、高度な茶碗や皿は無理だが、
高度な茶碗や皿は無理だが、すでに出来合いの茶碗や皿が用意されてあり、
それに文字や模様を書き込めば二、三十分で焼き上げてくれるようになっている。

「幸ちゃん、今日の記念に楽焼を作ろう」
修介は、その店で小さな皿を二枚受け取って、一枚を幸子に手渡した。
「これにな、絵でも字でも描いたらええ」
「こんなん、もったいないやんか」
幸子にしてみれば、甘酒や、この楽焼の代金を修介が支払ったことのほうが気になった。
「もう、お金は払うてしもた。さ、早よ作ってしまおう」
そう言って、修介は土の小さな皿に青い塗料で何か書き込んでいる。
幸子も仕方なく「修ちゃんにあげる」と言って「努力」という文字だけを、その皿に書き込んで修介に
渡した。

「もう、みんなのとこへ戻らんと怒られるで」

修介にそう言われて、幸子は先にそこを出て、
クラスの集合場所へ、指定の時間ぎりぎりに到着することができた。
数日後、長屋の幸子の家へ、修介が楽焼の皿を持ってきた。
さすがに彼でも、あのとき、皿が焼きあがるまで待っていたのでは遅刻になってしまったのだろう。
「昨日な、もういっぺん高台寺まで行ってきたんや」と、笑いながら紙箱に入った楽焼の皿を差し出し
た。「幸ちゃんの皿は、僕がもうとくわ。僕のは幸ちゃんにやる」と彼がくれた皿の表を見ると「僕の嫁
さんになってちょうだいね」と、妙にふざけた字体で書かれてある。

「何やのん、これ」
「まあ、ええやん」
修介は、そう照れているようでもなく、さっさと帰ってしまった。

あのときの、ぶっきらぼうな修介の言い方を思い出して、幸子は笑みを洩らす。
遠い日のことだが、子供心にも嬉しかった。と同時に、アパートの部屋へ一人で帰る侘しさが、
この春の夜、ことさらに募る。

作家 津島稜