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取り調べの可視化

つい先日「布川事件」の再審で無罪判決が出た。
1967年に茨城県で起きたこの裁判のニュースを知っている人も多いだろう。
「再審無罪」は「冤罪」を意味する。
検察・警察当局のずさんな捜査が原因とされるなかで、拷問に近い取り調べで自白を強要したり、
証拠の捏造が明らかになり、社会的に厳しい批判が集中している。
「足利事件」の元被告が、刑期を終えて出所後に無罪を勝ち取ったことも記憶に新しい。

再審はかつて「開かずの門」と言われたが、戦後になって「免田事件」や「財田川事件」で
再審無罪判決が出たことを覚えている人も多いはずだ。
その土壌には、司法関係者の間で「自白は証拠の王」という考え方が根強く残されていた。
それが「白鳥事件」(1952年、札幌市で起きた警察官射殺事件)の裁判で
「疑わしきは被告人の利益に」という判断が示され、捜査官による暴力的、脅迫めいた取り調べに
ブレーキをかける役目を果たしている。

それほど、取り調べは峻烈なのか。
最近、大阪府警の警察官が暴言を吐き、容疑者に非人道的な態度をとっていた事実が、
録音テープで公表された。
また、大阪地検特捜部の検事が、容疑者を誘導したり、証拠を捏造するという浅はかな行為も
明らかになっている。

密室での取り調べは、捜査官が絶対的な権力を持っているから、容疑者は圧倒的に不利であり、
服従させられる。それが不合理であり、危険であるから、取り調べの様子をビデオで撮影したり、
録音して公開するというのが「取り調べの可視化」である。
あの大阪地検特捜部の事件で逮捕された元検事たちも可視化を要求しているという。

私は、それを疑問視する立場だが、検察官や警察官の中にも、可視化に賛成する意見があると
知って、少なからず驚いている。
もっとも、暴力を振るい、無理やりウソの自白をさせる検事や刑事に取り調べられたら、
たまったものではないことは分かる。

しかし、と思うこともある。

疑う余地のない凶悪犯、反社会的な行為を職業としている暴力団関係者などに、
紳士的、常識的な態度で取り調べをする必要があるのだろうか。あるいは軽微な事件や破廉恥罪、
生活苦から窃盗をしてしまった社会的な弱者の姿を衆目に晒すのは、いかがかと思う。

最も問題にされているのは、汚職や背任など、物的証拠に乏しく、
自白に頼らざるを得ない犯罪の証明である。
これは、取調官と容疑者の心理戦になる場合がほとんどで、カメラや録音機があると、
取調官のほうも下手な俳優のようにぎこちなくなってしまうかもしれない。

だからといって、密室での横暴はいただけないことも分かっている。
おそらく、事件の種類によって、可視化の実行を振り分けるようになるのだろうが、
悪を懲らしめる役目の捜査官に、遠慮や弱気は禁物だ。
それはすなわち、検察、警察を、まだ信頼しようとしている国民の思いでもある。
「疑わしきは取調官が利益を得られるように」…
つまり、正義が利益を得られるように自白を引き出すように努力していただきたい、ということだ。

作家 津島稜