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熱血先生は何処に

大阪の桜ノ宮にある市立高校で、
教師の体罰が原因とされる生徒の自殺問題が深刻な議論を呼んでいる。
これは、古くからある教育現場の問題で、
今回の運動部の生徒の自殺に関しても、自称、他称を含め多くの識者が意見を述べている。
さて、どのような意見が正しいのだろうか。

例によって、父兄は学校の指導責任を糾弾し、学校側は調査などを理由に明確な説明をするのを
遅らせた。
どちらがどうと言うわけではないが、識者の意見は「責任を擦り付け合って見苦しい」という情緒的な
感想に集約されている。私に言わせれば、それが無責任ということだ。

滋賀県の大津市でも、イジメが原因で生徒が自殺に追い込まれたという問題があった。
そこでも市教委の姿勢、父兄の姿勢についてさまざまな意見が交錯した。

体罰」にしろ「イジメ」にしろ、それらは学校内で起きるものだ。
学校外であれば、いずれも暴力事件であり、警察が扱うことになる。
学校内である以上、指導、監督の責任が教師にあることは言うまでもない。
モンスターペアレントと呼ばれる一部の父兄は別にして、
一般の父兄は、教師にほとんどのことを委ねている。

数学や英語などの教科を学ぶことはもちろんだが、
それ以外に、
社会のルール、マナー、礼儀作法といった常識も、子どもたちは、教師によって教えられている。
「親しき仲にも礼儀あり」「弱きを助け強きをくじく」という言葉があるように、
お互いの人格を認め、弱者を蔑んだり、差別するようなことは許されない。
そんなことは当然、教師が教えているものだと、多くの父兄は信じてきただろう。

ところが、
自分の立場を利用して意味のない暴力をふるったり、都合の悪いことには見て見ぬふりをする。
そんな教師が多い現実には、驚かされたし、情けなく思う。

もう死語になりつつあるが「熱血先生」「鉄拳教師」という言葉が懐かしい。
私などは、悪童時代にバカなことやズルイことをすれば、容赦なく頭をげん骨で殴られた。
ただし、殴り方が大切で、力加減や急所を外すことを、先生は心得ていた。
「タンコブなんか三日で直るわ」と先生も平気で、親もむしろ歓迎してくれた。
嬉しいこと、悲しいことに先生は、ともに笑い、そして泣いてくれたものだ。

旧時代と批判されようが、そもそも教育とはこんなものだと思う。
子どもたちを育てるということは、何よりも難しい。
数学や英語とは違い「人間」を教えることほど価値の高い科目はない。
「仕事に疲れる」「子どもたちは手に負えない」などとはよくも言えるものだ。
苦しんだり、悩んでいる子どもたちに知らんふりをして、
まして、その場から逃げるなんてもってのほかだ。

そんな人間は教師になる資格はない。

作家 津島稜