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サッカーボールの起源はゴムの木

「楽しゅうて やがて寂しき 祭りかな…」という古くからの俗歌がある。

人々は、祭りが好きで、歌ったり踊ったりして盛り上がる。
一人より二人、百人より千人というように大勢が集まるほど楽しさも増幅する。
最高潮を迎えたときの興奮は格別だ。
だが、それが過ぎると、祭りが終わった広場から一人、二人と去っていく。
やがて人の姿がまばらになり、自分も広場から離れて行くときの空しさは何とも言いようがない。
子供時代からのこんな経験は誰もが味わったはずだ。

サッカーの「ワールドカップ」で世界中が湧き返っている。
テレビのレポートを見ていると、これほどの過熱ぶりが私などには信じられない。
顔に国旗の色を塗り、派手な衣装で大声をあげて自国のチームを応援。
日本の若者は「サムライブルー」のTシャツを着て「ニッポン、ニッポン」と絶叫しながら
街を歩いている。

日本戦が実況されるときは、キタやミナミの繁華街では「サムライブルー」姿の若者が目立ち、
大型のモニター画面のあるビアホール、スポーツバーは満員の盛況になる。
居酒屋でもテレビの前は満席で、私を含めたオヤジ連中は隅の席で愚痴をこぼすしかない。
こうしたお祭り騒ぎは、甲子園球場のタイガースファンを連想させるが、
スケールが比べものにならない。
サッカーと野球のファン数では、圧倒的にサッカーファンのほうが多いからだろう。

ブラジルへ取材に行っていた新聞社の友人が「都会の道路や公園はもちろん、ジャングルの奥でも
子供たちの遊びはサッカー。今でこそサッカーボールは手に入りやすいが、
はるかな昔はゴムボールで遊んでいたらしいよ」と教えてくれた。
彼の言うには、サッカーの起源はブラジルらしい。
石で作ったボールを投げたり蹴ったりするのは無理だけれども、
ブラジルではゴムの木があったから、それでボールを作って遊び始めたということだ。

日本の子どもの遊びは、太古の昔は別として、昭和時代は野球だった。
貧しくとも、親はバットやグローブを子どもに買い与えてくれた。
学校のグラウンドでも野球が主役だった。今は、サッカーが主役になっている。

野球は、色々な道具が必要だが、サッカーはボールひとつあればよい。
これなら貧しい国、暑い国、寒い国、どこでもOKだ。
世界中でサッカーが楽しまれているということがよく分かる。

ワールドカップでの日本の成績はともかく、大会が終わると、人々はどこへ祭りを求めていくのだろう
。無心になり、熱中できるイベントを期待するのは人間の欲望だとしても、
その後の空しさを心配せずにはいられない。
そんなことを、この数年間の日本の政治や経済と重ね合わせるのは私だけだろうか。

作家 津島稜