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北の湖とヘリコプター

今年も終わりを迎えた。毎年のことだが、さまざまなことがあった。
嬉しかったことも悲しかったことも、私を含めてすべての人が同じ思いに違いない。

「時(年)が去るということは、人が去るということ」だと知人が教えてくれた。

私ぐらいの年齢になると、先輩や友人の訃報に接することが多くなる。
年末になると、そんな悲しいことを経験しなくてはならない。

つい先日、私がいろいろなことを教えていただいた先輩の訃報が届いた。
その先輩は、私の新聞記者時代の恩人でもあった。厳しかったことや愉快だったことを思い出す。

私が見習いとでも言うべき駆け出しのころの早春のことだ。

その先輩は大相撲が好きで、大阪場所(春場所)が近づいた或る日、先輩から「青年大関が大阪にやって
来るから、取材をしておもろい記事を書け」と言われた。その新大関が北の湖だった。

相撲に大して興味の無かった私は先輩の指示通り、自衛隊の施設か八尾空港か忘れたが
「何でこんなところで…」と思いながらその場所に行くと、轟音とともにヘリコプターが飛んで来て、
中から和服姿の関取が姿を現した。春場所で大関に昇進した北の湖だ。

とにかくカメラマンを連れて新大関のところへ走りより「大関おめでとうございます」とか言いながら「感想は」
「今場所の意気込みは」などとつまらない質問をすると、新大関は「これからも精進と勉強です」と苦笑いを
した。そこで私は何を聞けばいいのか分からず「勉強ですか。大関は子どものころから勉強が好きだったん
ですか」ととんちんかんな質問をしてしまった。

「うん?」と大関は再び苦笑いをして、指を一本立てて私の目の前に差し出した。

「え? 一番だったんですか」と問い返すと、大関は「通信簿でね」と間を置き「オール1だった」と大笑いを
して見せた。

もう四十年以上も前の話だ。それと、もうひとつ、そのインタビューを書いた原稿を先輩に渡すと、先輩は私
の原稿に一応目を通し「おもろない原稿や」と苦笑いをし「お前もまだまだ勉強やな」とその原稿をデスクの
上に投げ捨てた。私ががっかりしていると「まあ、ここだけは使うてやる」と笑顔を見せてくれた。
その箇所とは「ドスンドスンと大きな春の足音が聞こえた」という、大関がヘリコプターから降りた様子を表現
したもの。ヨハン・シュトラウスの名曲「春の足音」をもじったものだった。
その日の夕刊で写真つきの記事になって喜んだのを覚えている。

先輩と北の湖の苦笑いと笑顔が忘れられない。

二人の訃報を相次いで受け取って今年も暮れた。
ご冥福を心からお祈りするとともに、来る年の春が、笑顔とともに訪れてくれることを皆さんと期待したい。

作家 津島稜