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死刑判決と裁判員

先日、親しい司法関係者から愚痴めいた悩みを聞かされた。
それは、裁判員から相談を受けたものだという。

その裁判員(中年男性)は死刑判決の法廷に臨み、最近、死刑が執行されたらしい。
彼は、判決を受けた直後の被告の恨みがましい表情が忘れられず、それが「夢にまで現れる」と私の友人
の司法関係者に打ち明けた。

さらに「自分とは全く無関係の人間を殺したようなものだ」「精神的ショックが大きい」「真面目な素人がこん
な経験をさせられるのはおかしい」などと不満を繰り返したうえ、弁護士に相談して慰謝料請求の訴訟まで
考えているらしい。

裁判員制度がスタートして数年が経過し、さまざまな問題が指摘されている。
これまで重要な刑事裁判で多くの裁判員が判決に対する意見を述べてきたが、特筆するようなトラブルは
なかった。ただ、死刑判決は極めて少ない。

死刑判決ともなれば、多くの証拠、証言の記録の説明を受けて理解し、おぞましい現場や遺体の写真を
見せられ、法廷では検察、弁護双方の長い論述を黙って聞くしかない。

裁判員は日本人成人の中から無作為に選ばれる建前になっているが、実際はある程度の人物調査が
行われ、本人の同意を得て決められる。もちろん強制ではなく指名されても拒否すればよい。
とくに殺人、強姦などの事件では法務省、裁判所も慎重にならざるを得ない。

裁判員に選定されれば、ある程度の覚悟と緊張感を抱くのは当然だが、興味を感じる人も少なくないはず
だ。しかし、いざ死刑判決となると責任感と重圧を感じるのが自然だろう。
死刑判決を受けた被告の人権、死刑廃止論、人道的配慮などの意見も多い。
その反面、被害者の遺族の心情を忘れてはならないと思う。

こうしたことから判決に臨む裁判員の葛藤は容易に想像できる。

それにしても…事の真偽はともかく、死刑判決に立ち会わされた裁判員が、精神的苦痛を理由に慰謝料
請求をするのはいかがなものか。

些少とはいえ、裁判員には交通費と謝礼が手渡されている。
正義と真実、使命感を抱いてその役目に就いた人間が金銭で争うのはみっともない。
刑事裁判の裁判員が、民事裁判の原告になるとは裁判所も予想していなかっただろう。

話し終えた友人とタクシーに乗ったとき、車窓から遠くに大阪城が見えた。
この天守閣は大阪のシンボルだ。ふと真田一族の旗印「六文銭」を思い出した。
それは戦で討ち死にしたさい三途の川の渡し賃と言われ、私は「地獄の沙汰も金次第か」と友人に呟いた。

「大阪城は無事だけど、熊本城は今度の地震で大きな被害を受けたねえ。
行政もボランティアも頑張っている」と友人は感慨深げだった。

裁判員も、言わばボランティアである。

人の人生を左右する立場の裁判員諸氏にも、真摯な態度で頑張っていただきたい。

作家 津島稜